早稲田大学(早大)、名古屋大学(名大)、日本原子力研究開発機構(JAEA)は7月20日、半導体表面を原子レベルで平坦にする新技術として応用可能な「ステップアンバンチング現象」を発見したことを共同で発表した。
同成果は、早大 理工学術院の乗松航教授(名大 客員教授兼任)、名大の榊原涼太郎大学院生、中国内モンゴル民族大学の包建峰講師、JAEAの寺澤知潮研究員、名大 未来材料システム研究所の楠美智子名誉教授らの国際共同研究チームによるもの。詳細は、米国物理学協会が刊行する応用物理学全般を扱う学術誌「Applied Physics Letters」に掲載された。
表面に凹凸が存在すると、熱酸化膜の厚さが不均一になってしまい、デバイス特性に重大な悪影響を及ぼすため、SiC(炭化ケイ素)パワーデバイスにおいて、SiCウェハの表面形態は非常に重要である。またSiCは、グラフェンなどの2次元物質を作製する際の基板としても用いられているため、SiC表面の原子レベルの凹凸はグラフェンの電子物性にも深刻な影響を与えるという。
SiCウェハを機械的に研磨すると、肉眼では鏡面に見えても原子レベルではランダムな研磨痕が存在しており、このような凹凸はSiCデバイスやグラフェンデバイスにとって致命的である。そこで、「化学機械研磨」(CMP)や「水素エッチング」などの手法で、表面の平坦化が行われてきたという。
CMPでは研磨痕を除去することで、高さ0.25ナノメートル(nm)のステップと呼ばれる段差のみにすることができるが、表面近傍に加工のダメージ層が残るといわれる。一方の水素エッチングでは、水素雰囲気中に高温で加熱することで、研磨痕や加工ダメージ層を除去できるが、高温での処理によって「ステップバンチング現象」が起こり、ステップの高さが5~10nm程度以上と大きくなってしまうという。したがって、表面加工ダメージのないように、ステップ高さを1nm程度以下に抑えることが重要だとする。そこで研究チームは今回、SiC単結晶基板に対して比較的シンプルなプロセスで、ステップ高を1nm程度以下の原子レベルで平坦な表面の実現を目指すことにしたという。
ステップバンチングは、高さ0.25nmのステップが集まって1~1.5nmのステップになるミニマムステップバンチング(MSB)と、MSB後のステップがさらに集まって数nm以上の高さになるラージステップバンチング(LSB)に分けられる。一般的には、MSBが生じた後にLSBが生じるので、これらは不可逆な現象だと考えられてきたが、今回の研究においてLSBが生じて5~10nmの高さになった後、ある特定の条件下に置くと1~1.5nmの低い高さに戻るという現象が発見され、研究チームはステップアンバンチング現象と命名することにしたとする。
ステップアンバンチングは、SiC熱分解グラフェンの研究においてSiC表面形態を制御する研究の過程で偶然発見されたという。4%程度の水素を含むアルゴンガス(Ar/4%H2)雰囲気中でSiCを加熱すると、1600℃ではLSBが起こり、LSBが生じたSiCを1400℃で保持すると、5~10nmの高さだったステップが、次第に1~1.5nmの低いステップの集合に分かれていくことを確認。この一連の現象が、ステップアンバンチングである。
つまり、Ar/4%H2雰囲気中ではじめに高温で保持した後に低温で保持することで、LSBの後にMSBが生じることが明らかにされた。なお、水素を含まないアルゴンガス雰囲気中で同じ実験を行っても、ステップアンバンチング現象は起こらなかったという。
研究チームは、今回の技術によって加工ダメージ層もなく原子レベルで平坦な表面を得られる上に、CMPを含むプロセスを削減できる可能性があるとしている。これは、半導体製造工程をシンプルにすることができるため、大幅なコスト・時間の削減にもつながる可能性がある。
また、今回の研究では、半導体としてSiCのみが対象とされたが、半導体としては窒化ガリウム(GaN)やガリウムヒ素(GaAs)など、他にもさまざまな物質があるため、これらに関しても結晶構造が類似していることからステップアンバンチングが生じる可能性があるとし、他の半導体物質への今回の技術の適用は今後の課題としている。