国立天文台(NAOJ)と東京大学(東大)は7月19日、急激に成長している大質量ブラックホールの近傍から放たれる電波を、国内4か所の電波望遠鏡によるVLBIネットワーク「VERA」を用いた観測で詳細に捉え、電波が周辺のガスから受ける影響を明らかにすることに成功したと発表した。
同成果は、東大大学院 理学系研究科の高村美恵子大学院生、NAOJ 水沢VLBI観測所の秦和弘助教らの国際共同研究チームによるもの。詳細は、米天体物理学専門誌「The Astrophysical Journal」に掲載された。
宇宙のほぼすべての銀河の中心には、太陽質量の数百万倍から百億倍にも達する大質量ブラックホールが存在していると考えられている。しかし、このような大質量ブラックホールがどのように誕生したのか、またどうやって成長していったのかといったことはいまだに良く分かっていないという。
「狭輝線セイファート1型銀河(NLS1)」は、活動銀河核を持ち、可視光線で特異なスペクトルが観測される銀河の種族として知られており、まだ比較的質量が小さく、周辺のガスを勢いよく取り込みつつある、いわば急成長中の大質量ブラックホールが存在すると考えられている。しかしNLS1は、クェーサーや電波銀河のようにより巨大なブラックホールが存在する銀河に比べて放射される電波が弱いため、中心部のガスの分布といった詳しい様子はこれまで観測されていなかったという。
大質量ブラックホール近傍のガスが放つ電波は、偏波(可視光線でいう偏光)と呼ばれる特定の方向に偏った振動をする特徴があり、この偏波がブラックホール周辺にある磁場を伴うガスを通過するとき、偏波面が回転する「ファラデー回転」という現象が起こる。この回転量は、ガスの密度や磁場の強さによって変化するため、大質量ブラックホール周辺のガスや磁場の分布を探るための重要な手掛かりになるという。
しかしファラデー回転については、十分に成長した大質量ブラックホールが存在する銀河ではよく調べられてきたが、NLS1ではほとんど観測例がなく、そのことがブラックホール急成長の謎を解くための残された鍵とされてきた。そこで研究チームは今回、地球から比較的近い距離にある6つのNLS1に着目し、それぞれの大質量ブラックホール近傍の詳しい様子をVERAで詳しく観測することにしたという。
VERAは、国立天文台が運用する岩手県奥州市水沢、鹿児島県薩摩川内市入来、沖縄県石垣市、東京都小笠原村父島の4か所に設置された口径20mの電波望遠鏡をネットワークさせたVLBI(超長基線電波干渉法)による観測を行っており、最も離れている水沢~石垣島間の約2300kmを直径とする巨大電波望遠鏡と同じ高い分解能が実現されている。イベント・ホライズン・テレスコープ・プロジェクト(EHT)により達成された、史上初のブラックホールの直接観測は、アルマ望遠鏡など、世界中の電波望遠鏡によるVLBIネットワークで実現されたが、VERAはその日本国内版である(今後は、VERAなどもEHTに参加し、さらに観測性能を向上させる計画もある)。
今回VERAでは、新たに開発された「広帯域・偏波受信システム」を搭載することで、従来の観測の約4倍広い帯域幅(データの記録スピードに換算すると約16倍)で電波をまとめて受信することで雑音を低減させ、信号検出感度の向上が実現されたという。具体的には、各望遠鏡で1秒間に2GBのデータを記録するという速度で、今回の研究では、VERA4局を用いて38時間の観測を行い、合計約1PBのデータを取得することに成功したとする。この観測データにより、これまで観測が困難だったNLS1の中心からの微弱な偏波の検出に成功したほか、NLS1からの偏波のファラデー回転を導き出すことに成功したと研究チームでは説明している。
今回の観測結果について研究チームでは、NLS1のファラデー回転の回転量は大きく、ブラックホール近傍から放たれた電波が、磁場を伴ったガスの影響を大きく受けていることが推測できるとしているほか、NLS1中心のブラックホールの近傍には「成長の源」であるガスが豊富に存在することが、これまでで最も高い解像度による観測で裏付けられたともしており、そのためNLS1の質量は、十分に成長した大質量ブラックホールに比べると10分の1ないし100分の1程度しかないものの、いずれより巨大なブラックホールへと成長し、クェーサーのような極めて明るく輝く天体になる可能性が示唆されているとしている。