分子が自然に集まる「自己集合」のプロセスを段階的に制御し、「超分子」と呼ばれる微細な多層構造をつくる手法を、京都大学大学院工学研究科の杉安和憲教授(超分子化学)らのグループが開発した。この超分子は大きさが約200ナノ(ナノは10億分の1)メートル。同手法を応用すると、有機合成化学や高分子化学での合成が難しい、複雑な構造を持つ有用な物質を生み出せる可能性があるという。
一般の分子は比較的強い力である共有結合で組み立てられており、一度結合ができると壊れにくい。一方、水素結合やファンデルワールス力など弱い分子間力で超分子構造をつくれば、一度つながった分子が離れるという可逆性があるため、リサイクル性や自己修復能に優れた物質ができる可能性がある。
杉安教授はこれまでに、ヘモグロビンやクロロフィルなどに代表される環状構造をもつ有機色素化合物であるポルフィリン分子の自己集合プロセスの制御を研究してきた。ポルフィリンは中心にある4つの窒素(N)が亜鉛(Zn)、銅(Cu)、ニッケル(Ni)などの金属原子と結合して錯体となっている。
2014年以降は、溶液の条件などを調整しながら、ポルフィリン分子の自己集合でできる超分子構造の長さや面積、形を制御する手法を見いだした。2020年には中心原子が亜鉛のポルフィリン分子の自己集合で単分子の厚さをもつ、直径200ナノメートルほどの同心円構造をつくった。
今回の研究ではまず、同心円構造の亜鉛ポルフィリン分子の溶液に、その分解を促すDMAP(N、N-ジメチルアミノピリジン)を加えた。この時に、円の外側ではなく内側のみという、分解時の位置選択性を発見した。原子間力顕微鏡(AFM)でみるとドーナツ状の構造になっていた。
次に、ドーナツ状の構造に銅ポルフィリン分子の溶液を入れると、ドーナツの外側ではなく内側に銅ポルフィリン分子が自己集合するという位置選択性を発見した。さらにニッケルのポルフィリン分子溶液を加えると、3層に分かれた同心円状の高次構造ができた。透過電子顕微鏡(TEM)で原子の位置を特定し、原子ごとに色を付けて3層を確認した。
有機合成化学では医薬品や染料など複雑だが分子サイズは小さい物質(10ナノメートル程度まで)を合成し、高分子化学では化学繊維など単純な分子を繰り返し連なることで大きなサイズの物質を合成してきた。今回見いだした分子の自己集合プロセスを制御する技術をほかの分子系でも確立していくことで、ある程度の複雑さとある程度の大きさ(数百ナノメートル)をもつ超分子構造の設計と合成が視野に入ってくる。杉安教授は「様々な機能性分子をビルディングブロックとして高分子科学やコロイド・界面科学、ナノサイエンスの分野で有用な物質を生み出す可能性がある」としている。
研究は名古屋大学、物質・材料研究機構とも共同で行い、英科学誌「ネイチャーケミストリー」電子版に6月1日に掲載された。
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