原因不明の不妊のウシについて、酪農場の飼育環境が子宮内細菌叢に影響を与え、悪玉菌が増えて細菌叢のバランスが崩れることが低受胎に関与している可能性を岡山大学などの研究グループが明らかにした。不妊の早期診断技術の開発や適切な飼育管理方法などを確立することで受胎率が高まり、酪農現場の経営改善につながることが期待されるという。
今回の研究は、岡山大学学術研究院医歯薬学域病原細胞学分野の内山淳平准教授(感染症学・応用微生物学)らのグループが、酪農現場でウシの診察を行っている北海道農業共済組合の八木沢拓也獣医師と取り組んだ。
八木沢獣医師によると、酪農家がウシを淘汰する原因のトップが「繁殖障害」という。繁殖障害の原因は卵巣や子宮、ひづめの病気になることや、乳房炎、飼養の状態など複合的な要素であることが多い。一方で、獣医師の超音波検査や診断で異常がなく、不妊の原因が特定できないウシも一定の割合で存在する。人工授精を3回以上繰り返しても妊娠しないウシは、農場に経済的負担を与えており、大きな課題とされてきた。
近年、人間の原因不明の不妊に子宮内細菌叢が一部関与しているといわれており、八木沢獣医師がウシにも応用できないかと内山准教授に相談し研究が始まった。
研究ではまず、北海道内の4酪農場の69頭のメスのウシを抽出し、八木沢獣医師が専用の器具を用いて子宮内膜から組織を採取し、内山准教授が細菌叢を調べた。4農場の飼育内訳は、3農場がタイストールといわれるウシをつないで飼う方式で、1農場はフリーバーンといわれる木のチップなどからなる「大きなベッド」の上で放し飼いにしていた。飼料は3農場がTMRという配合飼料と牧草などを細かく混ぜたものを給与し、1農場が配合飼料と草などを別々に与えていた。
この段階で細菌の種類や量を調べたところ、飼料の内容や酪農場の飼育環境によって子宮内細菌叢の構成が異なることが分かった。
当初の「不妊に特徴的な細菌叢を見つける」という研究の目的達成のため、4酪農場の中で最も規模が大きく「フリーバーン」で「TMRのエサ」という方法で飼育する1つの農場の31頭のウシを集中的に調べた。この31頭のうち19頭は3回以内の人工授精で受胎に至ったが、12頭が人工授精を繰り返しても受胎しないウシだった。
内山准教授は子宮内細菌叢の中の900ほどの細菌の解析を重ね、不妊に関与する菌種だけを探すことにした。その結果、アルコバクター・TM7という菌がそれぞれ不妊に関連性があることを突き止めた。アルコバクター菌は家畜の流産の原因菌と考えられている。善玉菌が減ってこれらの悪玉菌が増えると低受胎に至ると結論づけた。
今回の研究の成果により、家畜繁殖において「子宮マイクロバイオーム検査」と呼ばれる子宮内細菌叢の環境が受胎に最適かどうかを調べる検査技術を確立する重要性が示された。早期に診断し、適切なアプローチができればウシの不妊を改善できる可能性がある。不妊のウシが多い農場では細菌叢を整えるために現状と異なる飼養管理を提案できる。
内山准教授は「家畜の中でも商品価値が高いとされる競走馬などに応用できれば、家畜を淘汰しなくても良くなる可能性がある。動物の体内は細菌の種類が多いため、解析は非常に時間がかかる実験だが、更なる研究を進めたい」と話した。
研究は伊藤記念財団の研究助成を受けて行われた。成果は4月26日、米微生物学会の「マイクロバイオロジー・スペクトラム」電子版に記事が掲載され、岡山大学などが5月17日に発表した。
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