沖縄科学技術大学院大学(OIST)は7月12日、人気の魚類「カクレクマノミ」(Amphiprion ocellaris)を対象に、甲状腺ホルモンが「変態」の調整に果たす役割を明らかにし、同ホルモンが変態そのものの誘発に関与しているだけでなく、変態中に起こるさまざまな器官の変化や変化過程の調整に大きな役割を果たしていることを発見したと発表した。
同成果は、OIST 計算行動神経科学ユニットのナターシャ・ルー博士、同・海洋生態進化発生生物学ユニットのヴィンセント・ラウデット教授、同・三浦さおり博士、同・多良勇輝大学院生、同・Mathieu Reynaud特別研究生、同・アグニーシュ・バルア博士のほか、フランスや台湾、米国の研究者も参加した国際共同研究チームによるもの。詳細は、ライフサイエンス全般を扱うオープンアクセスジャーナル「Cell Reports」に掲載された。
海洋魚類の仔魚は卵からふ化した直後は全長がわずか2mmほどであり、養ってくれる親魚がいないためふ化した直後から広大な海での熾烈な生存競争が始まる。仔魚は、ふ化して数日から数週間にかけて初めて見る世界を泳ぎ続けながらエネルギー源となる餌を捕り、一方で自分自身が捕食者の餌とならぬよう逃れ、最終的に海岸近くの海域で棲家に相応しい場所を見つけ成魚として次世代を残すという最大の目的を達成する必要があることが知られている。
この間に、仔魚は極めて重要な過程である「変態」という変身を遂げ成魚へと成長し、稚魚となって沿岸の新しい環境に臨むのだが、「変態」という大きな出来事の中で体内に起こるさまざまな変化をどのように調整しているのか分からなかったという。
そこで、研究チームは今回、海洋生物の中でもよく知られているカクレクマノミを対象に、変態において体内に起こるさまざまな変化をどのように調整しているのかを調べることにしたという。
具体的には、代謝を制御する特定の遺伝子をオフにした場合の変態の過程にどのような影響が出るのかが調べられ、さらに、仔魚の変態を促進した場合の外見の変化についても調べたとする。
実験では、カクレクマノミの仔魚が入ったビーカー内の海水中に変態を促進し代謝を調節する小さな分子が入れられた。仔魚はエラ呼吸によってこの分子を取り込むのだが、同分子は、細胞内の特定のタンパク質である受容体と結合して変化を起こすという。
実験の結果、代謝が変化すると変態にも変化が起きたことから、両者が明らかに関係があることが判明。また変態のタイミングは、仔魚が生存するために非常に重要な鍵を担っていることも明らかにされた。
さらに、細胞内における食物をエネルギーに変換する過程である代謝過程と、甲状腺ホルモンとの間に強い相互作用があることも発見。この甲状腺ホルモンはヒトにも存在し、特定の遺伝子をオンにしたりオフにしたりできるスイッチのようなものに例えられることもある。カクレクマノミは、飼育下でも野生環境下でも利用可能な環境資源に応じて、甲状腺ホルモンにより必要なエネルギーの変換を調整できることが確かめられたとする。
加えて、甲状腺ホルモンは変態そのものの誘発に関与しているだけでなく、変態中に起こるさまざまな器官の変化や過程の調整についても大きな役割を果たしていることも確認。それは、色覚、消化、骨化(骨組織の骨芽細胞において骨形成が行われること)、色素沈着、仔魚の代謝、食物からエネルギーを生産する能力など、非常に多岐にわたるという。また仔魚は、餌となる食物が成長と共に変化していくため、それに合わせて食物からエネルギーを生産する能力も変化するとした。
なお研究チームは、甲状腺ホルモンはどの動物にも共通して変態を司っているため、今回の研究成果は海洋魚類以外の動物にも当てはまるとする。その証拠に、ヒトの乳幼児は生後すぐに甲状腺ホルモンの検査を受けることになっているだろう。これは、カクレクマノミと同様にヒトの発育においても甲状腺ホルモンが重要な役割を果たしていることが理由だからだとしている。