富士フイルムホールディングス(HD)はこのほど記者会見を開き、同社のデジタルプラットフォーム戦略について説明を行った。執行役員 CDO(最高デジタル責任者)ICT戦略部長の杉本征剛氏が、同社が構築している信頼できるデジタルプラットフォームの全体像や、同プラットフォームを活用して実現できる「医療データの利活用」や「在庫最適化」といった取り組みについて解説した。
生成AI(人工知能)といった最新テクノロジーも積極的に取り込む富士フイルムHD。会見の内容をもとに同社のDX(デジタルトランスフォーメーション)を一つずつひも解いていこう。
杉本氏は冒頭、「当社のDXのビジョンは、従業員一人ひとりが生産性を飛躍的に高めクリエイティブワークの時間を捻出し、新たなビジネスモデルや製品サービスを生み出すことによってイノベーティブな顧客体験の創出と社会課題の解決を目指すことだ」と力説した。
デジタルトラストプラットフォーム(DTPF)とは?
富士フイルムグループが推進するデジタルトラストプラットフォーム(DTPF:Digital Trust Platform)は、信頼できる情報を扱いながら、現実世界を仮想空間に再現する「デジタルツイン」を実現するプラットフォームだ。同社は、SCM(サプライチェーンマネジメント)領域や、ヘルスケア領域にこのプラットフォームを活用している。
同プラットフォームはブロックチェーン(分散型台帳)技術を活用しているため、「情報の担い手は本物である」「情報が改ざんされていない」といったことが保証されている。複数のステークホルダーが共同で参加できるデータ共有型のプラットフォームとなっており、「プラットフォームに参加する誰もが、相互の信頼をベースに情報を共有・連携できるオープンな環境を目指している」(杉本氏)という。
具体的には、既存システムを通じてDTPF上で個別活動の情報を共有・連携することで、その現実世界の活動をデジタル空間上にマッピングする。そして、AIやシミュレーションによって全情報の計算を行い、その結果を現実世界にフィードバックする。この一連の活動が、エネルギーの低減やあらゆるコストの削減をもたらすとしている。
SCM領域を例にとると、顧客の需要、販売拠点や生産拠点の在庫、それを踏まえた生産計画の実案、さらにサプライヤーからの調達計画、生産・配送の実施までをシミュレーションすることで、効率の良いグローバルサプライチェーンが実現できる。また、杉本氏は「もともと制約が厳しく、かつ、地域ごとに規制が異なる個人の健診データや、AIによる分析結果のグローバルで組織を横断した利活用も目指していきたい」と、メディカル領域での展望も示した
同社は現在、インドで展開する健診センター「NURA」における健診データ利活用や、デジタルカメラの生産におけるサプライヤーとの情報連携といった場面で、それぞれ単一のDTPFを活用し、デジタルトラストの価値検証を実施しているという。
今後は、複数のDTPFの連携による分散型システムへの拡大や、データ管理だけでなく契約・決済まで行える環境の構築を目指す。「来年度からは、人が入力するデータだけでなく、機器やセンサーシステムといったモノから得られるIoTデータを対象に加えたDTPFに拡張することを予定している」(杉本氏)
個人の医療データを安全に利活用
もう少し踏み込んだDTPFの活用例を紹介しよう。同社は、これまで医療機関などが管理していた医療データを「個人がその価値を意識し利活用できるデータ」に転換して、「自身の医療データを資産化できる」プラットフォームの実現を目指している。
同プラットフォームでは、保険会社や製薬会社といったデータ利用者からのデータ提供依頼が、データオーナー(受診者)に届く。データオーナーが快諾すると、利用同意に基づいた個人データが企業に提供される。データ利用の成果は、分析レポートとしてデータ管理者(健診センターなど)およびデータオーナーにフィードバックされる流れだ。
杉本氏は、「受診者が医療データを安全に活用できることは、検診を受ける習慣をつけたり、自身の健康状態の理解を高めたりと、受診者の能動的な健康行動を起こすことにもつながるだろう。当社が展開する健診センターで次世代の医療データ連携のネットワークを実現し、具体的な利活用ケースを実現していきたい」と意気込みを述べた。
サプライチェーン全体における在庫最適化
また、前述した通り、同社はDTPFの利活用により、サプライチェーン全体における在庫を最適化している。ブロックチェーン技術により会社間取引の信頼を担保し、セキュアな環境で「生産計画」をサプライヤーに開示している。それと同時に、サプライヤーから「生産能力や素材調達状況」を開示してもらい、「確度の高い納期回答」を受けている。
「納期直前に需要がひっ迫していることが判明する後手管理から、計画や予定を事前に共有できる先手管理へと移行した。これにより、川上から川下までのSCMの全体改革の中で、安定調達や余剰在庫の削減など在庫の最適化が可能になる」(杉本氏)
同社は、デジタルカメラ生産などを手掛けるイメージング事業でこの仕組みの実運用を開始しており、同プラットフォームの適用範囲を2023年度中にサプライヤー30社と3万品目以上までに広げることを目指している。「ほぼ100%の納期回答率で、リードタイムを最大40%削減できたサプライヤーもいる」(杉本氏)とのことだ。
同社は今後、幅広い品目とサプライヤーへ拡大し効果を最大化するとともに、イメージング事業を皮切りに他事業の調達業務でも活用していきたい考えだ。
AIを積極的に活用
一方で、同社は独自のAIチャットボットプラットフォームも構築しており、それを活用することで、CX(カスタマーエクスペリエンス)やEX(エンプロイーエクスペリエンス)の向上を目指している。
同社は、既製品では補えない専門性の高い業務(機器保守など)に対応するため、ノウハウ・情報を利活用できる独自のAIチャットボットを開発。問い合わせ業務の自動化や、業務知識の体系化と一時管理を実現しているという。AIチャットボットは社内購買の手続きや、カスタマーサポート、医療機器保守対応に導入済みだという。
「AIチャットボットによって365日24時間対応を実現したことがコスト削減とCX・EXの向上につながり、また、業務知識の体系化やサービスへの均一化も実現できた。大量のマニュアルと取り合わせ履歴を学習しているため、専門性の高い業務の対応を可能にしている。さらに各種システムと自動連携によって業務効率化も達成している」と杉本氏は補足した。
また、同社は独自のAIだけでなく、ChatGPTをはじめとする生成AIといった最新テクノロジーのトライアルも実施している。杉本氏は「進化をさらに加速させていきたい」と語り、発表を締めくくった。