東京海洋大学(海洋大)は7月10日、ブラジルのアマゾン沖の海底堆積物の採泥調査において、ガス(メタン)ハイドレートの回収に成功したことを発表した。
今回の調査航海は、東京海洋大 学術研究院の尾張聡子助教、スウェーデン・リンネ大学のMarcelo Ketzer教授のほか、フランスやブラジルの研究者も参加した国際共同研究「AMAGAS-AMALYLYS Campaign」によって行われた。
ガスハイドレートは、水素結合によってカゴ状になった水分子の中に、メタン分子などが閉じ込められたものを指す(そのためメタンハイドレートとも呼ばれる)。ガスハイドレートは1m3の結晶中に160m3もの気体のメタンを取り込むことができ、炭素量にして約15Gtのメタンを固定しており、海底下の巨大なメタン貯蔵庫としての役割を持つ。また、クリーンなエネルギー源としても期待されている(日本の周辺海域の海底にも大量にあることがわかっている)。
ガスハイドレートは、自然界では海底や永久凍土地帯の地層内に氷状になって存在している。特に高圧・低温環境の海底下では氷状結晶として存在しているが、それを常温常圧環境の海上へと移動させると、安定領域から外れることにより、氷の状態から次第に水とメタンガスへと分解してしまう。そのため、ガスハイドレートに火をつけると氷から出たメタンが燃え上がり、氷が燃えているように見えることから、「燃える氷」とも呼ばれている。
このような常温常圧環境下にガスハイドレートを持ってくると安定領域から外れてしまうという特性は、ガスハイドレートの船上への回収を難しくしているという。たとえば、海底から船上へと試料を回収するのに時間がかかってしまうと、ガスハイドレートの分解が進むため、船上にて氷状の結晶を確認することが難しくなる。
さらにガスハイドレートの分解後のメタンガスはガスハイドレートの約160倍の体積を持つため、コア内の圧力を上昇させてしまう。そのためガスハイドレートを含んでいたであろうコアを回収するとコアの暴発が観察されることがあり、今回の回収でも暴発が確認されたとする。
日本近海の海底でガスハイドレートが発見されていることは上述した通りだが、近年、ブラジルのアマゾン沖でも海底面から1000mを超える高さの超大規模なメタンガスの湧出現象が確認されている。その湧出口の多くは、ガスハイドレートの安定領域の上限位置と一致することが確認されており、これはガスハイドレートが分解することにより、メタンが海底下から海水中に放出されていることを示すという。
さらにアマゾン沖は、アマゾン川を通じてメタンの源となる大量の有機物が供給される環境であるため、微生物や熱による有機物の分解によって生成されうるメタンの量が相対的に多く、ほかの海域よりもガスハイドレート形成に有利な環境条件にあるとする。このことから、アマゾン沖の海底堆積物はガスハイドレートを介してメタンを大量に貯蔵するだけでなく、安定領域上限付近でのガスハイドレート分解により、突発的なメタンの放出源となりうることから、全球的な海洋(海底下・海水中)のメタン循環への寄与が大きいことが考えられるという。
またメタンは、温室効果ガスであることや、クリーンエネルギーとして利用できることも注目されており、アマゾン沖のガスハイドレートを介した海洋のメタン循環を理解することは、気候変動・資源学的な観点からも重要な意味を持つと考えられている。
そのような背景の下、2023年5月16日(カリブ海のバルバドス)から6月11日(南米北東部のスリナム)にかけて、フランスの海洋調査船マリオン・デュフレーヌ号によって、ブラジルのアマゾン沖における海底メタンガス湧出探査・海底地形調査・海底堆積物の採泥が行われた。
今回の調査航海では、海底下から回収されたガスハイドレートを密閉容器内にて分解し、ガスや水が採取された。また、海底下から回収された海洋堆積物から、船上にて間隙水(堆積物粒子間に存在する水)を抽出したともする。
研究チームによると、これらの水やガス試料の化学成分を分析することで、ガスハイドレートを形成するメタンの起源やその移動経路、移動量を明らかにすることが狙いだという。そしてこれらの情報を明らかにすることは、アマゾン沖におけるメタン循環の解明に貢献できると期待されるとしている。