東京大学(東大)は6月27日、ジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡(JWST)を用いた国際的な観測により、惑星系の形成が進行中のオリオン星雲にある天体「d203-506」から、有機生命体の形成につながる複雑な有機分子の成長において、鍵となる分子と考えられている陽イオン「メチルカチオン」(CH3+)を宇宙で初めて発見したことを発表した。
同成果は、フランス国立科学研究センターのオリヴィエ・ベルネ氏を筆頭に、日本からは東大大学院 理学系研究科 天文学専攻の尾中敬名誉教授が参加した、欧州宇宙機関(ESA)/Webb、The Space Telescope Science Institute、米国航空宇宙局(NASA)などの50名以上の研究者が参加した国際共同研究チームによるもの。詳細は、英科学誌「Nature」に掲載された。
人類はまだ、人類自身を含めて地球で誕生した生命体しか知らないが、それらはすべて炭素ベースの有機生命体だ。炭素はいわゆる“手”が多いことから、ほかの元素と結合しやすいことで知られる。その結果、炭素を骨格とする複雑な有機分子が形成され、それらが地球で最初の生命体につながっていったと考えられている。また有機分子は宇宙の至る所で発見されており、地球外生命の多くも、有機生命体の可能性があると考えられている(SF作品に出てくるような非有機生命体が絶対に存在しないと断定することはできない)。
有機生命体が誕生するには、より複雑な有機分子が必要となる。その複雑な有機分子を成長させる役割を担うのがCH3+だ。1個の炭素と3個の水素からなる同イオンは、多くの分子と容易に反応することを特徴としており、1970年代のころより有機生命体の形成にもつながる重要な分子と考えられてきた。
これまで多くの有機分子が、電波望遠鏡によって分子雲などから発見されてきた。しかしCH3+は、その電波領域に特徴的な遷移線を持たないため、検出には赤外線での高精度観測が必要であり、これまで宇宙空間では発見されていなかったという。
しかしその状況は、JWSTの稼動開始で大きく変わった。JWSTは、近赤外線カメラ「NIRCam」や中間赤外線装置「MIRI」など、赤外線領域において高い検出能力を有するのである。今回の観測では、その赤外線の高い検出能力により、惑星が形成される可能性のある領域において、遂にCH3+と考えられる信号を観測したとする。そしてその後、量子化学、分子物理学、分子分光学、天体物理学など複数の分野の50名を超える研究者が連係して検証を行い、その正体が間違いなくCH3+であることが確認されたとしている。
今回の発見は、複数分野の研究者たちによる共同作業の結果もたらされたものだ。今回メチルカチオンが発見されたd203-506は、オリオン星雲の中でも紫外線が強い領域にあることから、同イオンの生成には紫外線が重要な役割を果たしていることが推測されるという。またこのような環境は、太陽系形成の初期段階にも当てはまると考えられるとしている。