花王は、従来殺虫剤を用いて行われてきた蚊の駆除方法として、新たに界面活性剤水溶液をミスト状にして蚊に噴霧する駆除技術を開発した。
同研究は、理化学研究所脳神経科学研究センター 知覚神経回路機構研究チームと共同で行われたもの。詳細は、Nature Researchの電子ジャーナル「Scientific Reports 」に掲載されたほか、6月15日から16日にかけてタイ・バンコクで開催された「6th Asia Dengue Summit 2023」にて発表された。
蚊が媒介する感染症の差し迫る脅威
日本においては夏になるとよくみかけるようになる蚊。体温やにおい、二酸化炭素などに反応して寄ってくるため、ほとんどの人が蚊に刺された経験があるだろう。そんな蚊の存在について真剣に考えたことがあるだろうか。
身近になっている蚊であるが、デング熱やマラリアなどの重篤な感染症を媒介し、特にデング熱は世界的に感染者が増加傾向にある。近年、地球温暖化などによって蚊の生育環境は拡大しており、2014年には70年ぶりに日本でもデング熱感染者が発生したことを覚えている人もいるだろう 。
こうした蚊が媒介する感染症の拡大を抑えるためには、蚊を駆除することが最も有効な手段だとされており、感染症が蔓延する多くの地域ではピレスロイド類を用いた殺虫剤が使用されてきた。しかし、近年ピレスロイド類に対する抵抗性を獲得した、殺虫剤では死なない蚊が増加していることが東南アジアなどで確認されており、持続的に使用できる新たな蚊の駆除方法の開発が求められている状況となっている。
そこで花王が目指したのが、「蚊の飛行を妨げる、飛べなくする」こと。2020年に蚊の脚をシリコーンオイルでぬらすことによって、肌への降着を抑制し、蚊に刺されなくする技術を開発した同社は、ここから蚊の体や羽をぬらすことで蚊の飛行行動を変えられるのではないかとの考えに至ったとし、最適な手段として界面活性剤に着目したとした。
蚊の体の構造と界面活性剤の性質を理解する
蚊の体の表面は、細かい凹凸のある構造となっており、ワックスなどの疎水性の成分で覆われているため水になじみにくい特徴をもっている。そのため、蚊の羽や体の表面は水をはじき、雨でもぬれることなく水場で産卵・羽化することができるのだという。
一方で界面活性剤は、物質と物質の境界面(界面)に作用して性質を変化させるという働きがあり、本来なら混じり合わない水と油を混ぜ合わせることもできる。
研究チームは、界面活性剤の混じり合わせる性質を活用することで、水になじみにくい疎水的な性質をもつ蚊の体の表面をぬらすことができることを見出したとする。
さらにさまざまな界面活性剤水溶液を比較した結果、表面張力低下能の高い界面活性剤を用いると、効率的に蚊の表面をぬらすことができることが判明。水を噴霧しても飛行行動に影響は出なかった蚊が、ミスト状にした界面活性剤水溶液を吹きかけるだけで落下することも確認されたという。
蚊へダイレクトに効く界面活性剤
研究チームは、水あるいは界面活性剤水溶液を付着させた時の蚊の羽ばたきの様子を、理化学研究所と解析。その結果、蚊は他の飛翔昆虫と比べて速い羽ばたきにより正確な飛行と姿勢を維持しているため、界面活性剤水溶液が蚊の羽や体をすばやく覆うことで、蚊が正確な飛行行動をとることができなくなり、落下する可能性が示唆されたとする。
さらに、表面張力がより低い液体を蚊に付着させることで、蚊をノックダウン状態にまで至らせることも確認したとする。これは、昆虫である蚊が有する呼吸に必要な「気門」が、表面張力の非常に低い液体によってふさがれ酸素の取り込みができなくなるため、ノックダウン状態を引き起こすのではないかと研究チームは考察した。
ピレスロイド類への抵抗性を獲得しこれまでの殺虫剤では死なない蚊が確認される中、今回見出された界面活性剤水溶液を用いた殺虫方法は蚊の体をぬらすという物理的なものであり、抵抗性を獲得しにくい持続的な駆除方法として期待できると研究チームでは説明している。ただし、日本での市販の可能性については成分の規制などの点において課題があり現時点での計画はないとはしているものの、今後の販売実現に向けて検討を重ねていきたいとしている。