国立天文台(NAOJ)は6月19日、2019年に重力波が検出された太陽質量の約85倍と約66倍のブラックホールの合体イベントにおける、2つのブラックホールが理論的に予想されていたよりも著しく重いこと、合体に付随して突発的な可視光の放射が観測されたことの2点の謎を説明可能な新たな説を発表した。

同成果は、NAOJ 科学研究部の田川寛通特任助教らの国際共同研究チームによるもの。詳細は、米天体物理学専門誌「The Astrophysical Journal」に掲載された。

2016年2月に米国の重力波望遠鏡「LIGO」が、13億光年彼方で、それぞれ太陽質量の約36倍・約29倍のブラックホールの合体イベント「GW150914」による重力波を検出して以降、現在では、隔週程度の頻度で重力波観測によりブラックホールの合体が発見されている。

これだけ頻繁に観測されているとなると、ブラックホールの合体は、2つのブラックホールが強大な重力でお互いを引きつけ合って、一気に正面衝突で合体するようなイメージを持ってしまうが、そうではないという。2つのブラックホールはある程度まで接近するが、共通重心を回る連星ブラックホールとなり、膠着状態に陥ってしまうと考えられているからだ(3つ目のブラックホールにより均衡が崩れて合体するという説などがある)。そのため、宇宙のどこでどのようにして対をなし、そして合体に至ったのかなど、まだよくわかっていない点が多く残されているとする。

そうした中、2019年5月に、LIGOとイタリアの重力波望遠鏡「Virgo」が、それぞれ太陽質量の約85倍・約66倍のブラックホールの合体による重力波イベント「GW190521」を報告。同イベントでは、これまで理論的に予想されていた質量よりもブラックホールが著しく重いことに加え、合体に付随して突発的な可視光の放射が観測された。これらの特異な特徴は、通常の環境下での合体シナリオでは説明が難しく、議論が続いているという。

そうした中で研究チームは、ブラックホールが対になり合体を起こす領域として、銀河の中心領域に注目したとする。宇宙の大多数の銀河の中心領域には、太陽の数百万倍から数十億倍という大質量ブラックホールが存在しており、それらはしばしば回転する巨大ガス円盤に囲まれている。これらの巨大ガス円盤内には、たくさんの恒星級ブラックホールが存在するとされ、それらはガスやほかの天体との相互作用により均衡状態が崩れやすいので、時間をかけてお互いに近づいて対をなして合体する。さらに連続した合体によって、GW190521において観測されたような重いブラックホールを形成可能であることが、田川特任助教らのこれまでの研究により明らかにされている。

またこの環境では、巨大ガス円盤からブラックホールへのガスの降着によって、電磁波が放射される可能性があるという。しかしこれまでは、GW190521に付随して観測されたような可視光放射の特徴や、電磁波がブラックホール合体の後にのみ放射される過程を説明できる物理過程が解明されておらず、この光の放射の付随は偶然の一致によるものであると広く解釈されていた。

このような背景の下、研究チームは今回、明るい電磁波の放射を作り出す過程として、ブラックホールから放出されるジェットと、巨大ガス円盤内のガスとの衝突により生じる強い衝撃波からの放射に着目したという。

このシナリオでは、一部のブラックホール合体事象に電磁波放射が付随することが予言されるとする。これは、連星ブラックホールが合体するとブラックホールのスピンの向きが合体前後で変わることにより、合体後に出るジェットが再び活動銀河核の円盤と相互作用して衝撃波を形成するためだという。その衝撃波が円盤表面に達すると、さまざまな波長で観測可能な電磁波が放射される。このシナリオにより、過去に報告されている重力波イベントGW190521と電磁波の対応天体候補を説明可能であることが明らかになった。

  • 放射過程の概略図。ジェットの方向がブラックホールの合体時に変化し、冷たいガスと衝突して強い衝撃波を形成することで、電子が加熱・加速され、合体に付随して電磁波が放出される。

    放射過程の概略図。ジェットの方向がブラックホールの合体時に変化し、冷たいガスと衝突して強い衝撃波を形成することで、電子が加熱・加速され、合体に付随して電磁波が放出される。(出所:NAOJ 科学研究部Webサイト)

さらにこの現象から、ブラックホール合体の起源、活動銀河核円盤の構造、宇宙論、プラズマ物理、重力理論の理解の向上など、さまざまな天文学・物理学的進展が見込まれることから、研究チームは、今後の連星ブラックホール事象に対する電磁波追観測が期待されるとしている。