誤情報を信じている人の43%がインターネット上で示された該当情報に関する訂正記事のクリックを避ける傾向にあることを、名古屋工業大学の田中優子准教授(認知科学)らが明らかにした。訂正の効果をあげるには訂正情報をアクセス可能な状態にするだけでなく、誤情報を信じている人に届ける社会的・技術的仕組みが必要だとしている。
フェイクニュースやデマなどの誤情報は、それが正しいと信じている人がインターネット上でSNS(交流サイト)などを通じて共有し、拡散してしまう。誤情報の広がりを抑える対策として、ファクトチェックで訂正記事を出すなどの取り組みが世界中に広がるが、必ずしもうまくいっていない。田中准教授らは、「誤情報を信じている人がその誤情報に対する訂正記事のクリックを選択的に避けることがあるのか」との問いをたて、行動を分析する実験を行った。
実験ではまず、20~69歳の男女に年代や性別に偏りがないように呼びかけたうえで、当時誤情報が拡散され、訂正の重要性が高いと考えられていた新型コロナウイルス感染症に関わる話題を中心に、誤情報(20問)と正しい情報(23問)の計43問をその正誤は教えずに示し、正しいと思うかをオンライン上で聞いた。質問に十分回答してくれた中から、誤情報を一つは信じていた506人を分析対象に選んだ。
対象者には43問それぞれの冒頭に新型コロナに関する数十文字の情報を表記したリンクをランダムな順番で見せた。リンクのそばには「誤情報」「正情報」というラベルをつけており、誤情報の場合はリンクをクリックすると訂正記事が表示される仕組みで、各対象者がどのリンクをクリックするかを記録した。
田中准教授らが考案した「クリック行動分析指標」(Fact Avoidance/Exposure Index)を用いて記録を分析。指標では参加者それぞれが「正情報」「誤情報」のリンクをクリックした全回数から「信じている誤情報」のリンクをクリックすると期待される回数(期待値)を求め、実際に「信じている誤情報」をクリックした回数と期待値のどちらが大きいかを計算した。
その結果、「信じている誤情報」をクリックした回数が期待値を上回る人(信じている誤情報に対する訂正記事を選択的にクリックするグループ)は57%にあたる286人で、「信じている誤情報」をクリックした回数が期待値を下回る人(信じている誤情報に対する訂正記事を選択的に避けるグループ)は43%にあたる214人にのぼった。
さらに、各グループについて誤情報のリンクをどのようにクリックしているか詳細に分析した。「信じていない誤情報」のリンクをクリックする頻度はどちらのグループも25%前後だった。一方、「信じている誤情報」のリンクについては期待値を上回るグループは42%の頻度でクリックしているのに対し、期待値を下回るグループでは7%の頻度でしかクリックしなかった。田中准教授は「信じている誤情報に対する訂正記事を選択的に避けているグループでは、誤った信念の93%は訂正される機会を逃していることを意味している」としている。
信じている誤情報に対する訂正記事を選択的に避けるグループに年代や性別、学歴との関係性は見つかっていない。クリック行動の選択的回避は確認されたばかりで、メカニズムについては今後、心理学や認知科学、情報科学など多くの観点から仮説を立てて検討していく必要がある。
田中准教授は「ファクトチェックなどの取り組みによる誤情報の訂正について、訂正情報にアクセス可能な状態にするだけでは誤情報を信じている人に訂正情報を届けることにはつながらない。訂正情報の届け方にどんな工夫が必要かを、今後の研究を通じて明らかにしていきたい」と話している。
研究は東京学芸大学と理化学研究所、東北大学、名古屋大学と共同で、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業や日本学術振興会の科学研究費助成事業の支援を受けて行い、国際学会(CHI2023)の会議論文集に4月19日掲載された。