国立天文台(NAOJ)は6月8日、日韓合同VLBI観測網(KaVA)を用いて巨大楕円銀河「M87」の大質量ブラックホールから噴出するジェットを詳しく観測したところ、複数の周波数帯を用いることでジェットが放射冷却によって冷える様子を分析し、M87ジェット中の磁場強度を推定することに成功したと発表した。
同成果は、韓国天文研究院(KASI)のノ・ヒョヌク博士研究員、工学院大学の紀基樹客員研究員(東アジアVLBI観測網(EAVN) 活動銀河核サイエンスワーキンググループ代表)、NAOJ 水沢VLBI観測所の秦和弘助教を中心とする、国際共同研究チームのEAVN 活動銀河核サイエンスワーキンググループによるもの。詳細は、欧州の天体物理学全般を扱う学術誌「Astronomy & Astrophysics」に掲載された。
活動銀河核ジェットは、その名の通りに活動銀河核中心の大質量ブラックホール近傍から細く絞られたプラズマ流として噴出し、光速に近いスピードで宇宙空間を伝播することで知られている。その形成機構には、「磁場」が深く関与していると推測されているが、磁場の強度については未解明の点がまだ多いという。そこで今回、EAVN 活動銀河核サイエンスワーキンググループは、KaVAを用いた観測を行うことにより、M87ジェット中の磁場強度を推定したという。
M87は地球からおとめ座の方向に5500万光年の距離に位置する、おとめ座銀河団ならびに、天の川銀河が属する局所銀河群も含むおとめ座超銀河団の中心に位置する巨大楕円銀河だ。その中心に位置する大質量ブラックホールは太陽質量の65億倍もあり、2019年にイベント・ホライズン・テレスコープ(EHT)プロジェクトによって、史上初のブラックホールシャドウの撮影に成功したことでも知られた天体だ。
同大質量ブラックホールからは、およそ5000光年に及ぶジェットが噴き出しており、今回の研究では、22GHz帯と43GHz帯という2つの周波数帯での準同時観測が行われた。22GHz帯はプラズマがあまり冷えていない部分を、43GHz帯は放射冷却によってプラズマがよく冷えている部分を可視化したとのこと。プラズマが冷える時間スケールは、磁場強度の2乗に反比例して短くなるため、放射冷却分布図を解析することで、ジェット中の磁場強度を推定することができるという。
この磁場強度の推定法を利用することで、大質量ブラックホールからおよそ900倍~4500倍のシュバルツシルト半径(約2光年~10光年に相当)の距離において、ジェットの磁場強度が0.3ガウス~1ガウス(=0.00003~0.0001テスラ)であることが導き出された。なお、0.3ガウスは赤道付近の地磁気とおおよそ等しい値だ(極付近の値は0.6ガウス)。
今回の研究で推定された磁場強度を、ジェットの根元にあるブラックホールの位置まで外挿すると、ジェット中の磁場強度は距離におよそ反比例して分布していることが示唆されるとする。つまり、ブラックホール近傍のジェット中における磁束の大半は、著しく散逸されることはなくジェットの下流まで運ばれていることが示唆されたという。
今回の研究に参加した秦助教によれば、現在開発中のVERA 3.5mm帯(86GHz帯)受信機が完成すれば、今後M87ジェットのさらに根元付近での放射冷却の様子や磁場を探れるようになることが期待されるとしている。