マウスの腫瘍組織に潜む細菌が複合し、「阿吽(あうん)の呼吸」でがんを倒す働きがあることを、北陸先端科学技術大学院大学の都英次郎准教授(生物工学)の研究グループが発見した。この細菌は腫瘍以外の生体組織には影響を及ぼさないことから、副作用のないがん治療の手法として期待できるという。
従来、低酸素環境下にある特定の腫瘍の内部には、がんの発生に寄与する菌と、がんを抑える菌がいることは知られていたが、これまで菌を単体で分離できていなかった。
研究グループが大腸がんにかかったマウスの腫瘍から5種類の乳酸菌を分離したところ、3種類が有効なことが分かった。そのうちの2種類と、この2種類が混じり合った菌をそれぞれ「A-gyo(阿形=あぎょう)」「UN-gyo(吽形=うんぎょう)」「AUN(阿吽=あうん)」と名付けた。金剛力士が互いの力を合わせ、敵から寺院を守るイメージから命名している。
阿形の正式な学名はグラム陰性桿菌「プロテウス・ミラビリス」、吽形は同菌「ロドシュードモナス・パルストリス」。阿形と吽形が3対97の比率で混ざったAUN菌は、学生が実験で失敗した過程で生まれたという。
3種の菌をマウスの尾の静脈に沿って入れると、がん腫瘍が徐々に縮小していった。AUN菌の効果がとりわけ高かった。都准教授は、複合した菌が活性化することでマクロファージの貪食作用が強まってアポトーシス(細胞死)が起きたと考えており、まさに「阿吽の呼吸」が奏功したといえる。
また、大腸がん以外の肉腫や転移性の肺がん、予後が良くない乳がんにも効果を発揮。AUN菌を1度腫瘍内に投与すると、1カ月もたたずに腫瘍が消失した。腫瘍を持つ50匹のメスのマウスへのAUN菌投与後に、再発は見られなかった。600日を超えて生存している「がんサバイバーマウス」もいるという。
都准教授本来の研究領域である「レーザーを当てると熱くなる材料開発」の知見を応用し、波長700~1100ナノ(ナノは10億分の1)メートルの近赤外光を当てたところ、AUN菌を含む腫瘍は強い光を発した。腫瘍の消失後は光らなくなったため、役目を終えると菌もなくなると結論づけた。AUN菌に対する殺菌の必要はなく、治療後にAUN菌が悪性の菌になる可能性も低いことが示唆された。
都准教授は今後ヒトへの応用を目指しており、すでに製薬会社と研究を始めているという。「抗がん剤は有機合成から製品化まで時間とお金がかかるし、副作用が強い。AUN菌を増やしてがんを治療できれば、人間にとっても負荷がかからないはずだ」と期待する。
ただAUN菌は固形がんには効くが、低酸素環境ではない血液がんには効かないと考えている。また、阿形菌は尿道感染の原因になっているので、今後ヒトに応用する段階になったら、その予防は必要という。
都准教授は「欧米ではがんの細菌療法の治験に進んでいる地域もある。詳しい仕組みはまだ分からないが、がん内に寄生する一定の細菌が良い免疫作用を及ぼすことが証明できた。ヒトと菌の共生関係は面白い」と話した。
成果はドイツの科学誌「アドバンスト・サイエンス」電子版に5月8日に掲載され、北陸先端科学技術大学院大学が同日発表した。