東京大学(東大)は5月31日、ランタン・ストロンチウム・マンガンからなる強磁性体のペロブスカイト型マンガン酸化物「La0.67Sr0.33MnO3」の薄膜を用いて、40nm程度の幅の領域にアルゴンイオンを照射してその領域を半導体に相転移させ、強磁性体/半導体/強磁性体の構造からなる単結晶の酸化物の横型2端子素子を作製したことを発表した。

また同素子において、従来の半導体と強磁性金属を組み合わせた素子で得られていた値の10倍以上の大きな磁気抵抗比(140%)を実現することに成功した上、さらに同構造を用いて3端子のスピントランジスタ素子を作製し、ゲート電圧により電流を変調することにも成功したことも併せて発表された。

  • 今回作製された単結晶酸化物スピントランジスタ素子におけるスピンの流れの模式図。強磁性の酸化物金属電極と半導体領域がすべて格子整合した単結晶の酸化物で構成されており、スピンの散乱や反射を大幅に低減することに成功したという。

    今回作製された単結晶酸化物スピントランジスタ素子におけるスピンの流れの模式図。強磁性の酸化物金属電極と半導体領域がすべて格子整合した単結晶の酸化物で構成されており、スピンの散乱や反射を大幅に低減することに成功したという。(出所:東大Webサイト)

同成果は、東大大学院 工学系研究科の遠藤達朗大学院生、同・小林正起准教授、同・Le Duc Anh准教授、同・関宗俊准教授、同・田畑仁教授、同・田中雅明教授、同・大矢忍教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、機能性材料に関する化学と物理学を扱う学際的な学術誌「Advanced Materials」に掲載された。

トランジスタの消費電力を低減するため、トランジスタの機能に、電力消費ゼロの不揮発性メモリの機能を加えた新機能デバイスの開発が求められている。現在、その実現のために研究されているのが、スピントロニクスデバイスだ。

同デバイスの1つとして、従来のトランジスタ機能に、スピン自由度による不揮発性メモリの機能を持たせた「スピントランジスタ」がある。中でも、通常のトランジスタと同様に微細化することで高性能化できるとして有望視されているのが、「スピンMOSFET」だ。スピンMOSFETは、非磁性半導体で隔てられた2つの磁石(強磁性体)の電極の磁化の向きが平行か反平行であるかの違いにより、流れる電流の大きさが変わるトランジスタだ。平行磁化時と反平行磁化時の抵抗の変化率のことを「磁気抵抗比」というが、回路応用の観点から、この値は100%程度以上必要であるとされている。

しかし、従来の一般的な半導体を用いた横型のスピントランジスタ素子においては、磁気抵抗比が最大でも10%以下の値に留まっており、大きな課題となっていた。その理由としては、強磁性体と半導体の結晶構造や物質パラメータの違いが大きく、界面でスピンが散乱されたり反射されたりしてしまうことなどが原因とされている。

一方、酸化物には、同じ結晶構造であっても強磁性・半導体性・絶縁性など、さまざまな異なる特性を示す材料が多数存在する。中でもLa0.67Sr0.33MnO3はハーフメタルと呼ばれ、片方の向きのスピンしか伝導に寄与しないスピントロニクスデバイスの応用上でとても魅力的な強磁性材料だという。同物質の特色は、わずかに酸素の欠損が形成されるだけで、単結晶の状態を保ったまま、もともとの金属的な性質が半導体に変化する(抵抗率が大幅に上がる)ことだ。先行研究の豊富な蓄積があることから、さまざまなデバイスへの応用が期待されている。

今回の研究では、分子線エピタキシーという高純度単結晶薄膜の形成手法を用いて、酸化物「SrTiO3」基板の上に高品質の単結晶La0.67Sr0.33MnO3薄膜を作製することにしたという。その後、幅40nm程度の領域にアルゴンイオンを照射し、酸素欠損を発生させることで、その部分を局所的に半導体に相転移させて半導体チャネル領域を形成し、すべて単結晶酸化物からなる強磁性体/半導体/強磁性体の横型2端子素子が作製された。

  • 今回の研究の概要。(a)今回作製された2端子素子の構造。(b)従来の研究で使われてきた一般的な半導体と強磁性金属を組み合わせた素子構造の例。(c)デバイスの作製に用いられたLa0.67Sr0.33MnO3薄膜の断面走査透過型電子顕微鏡による格子像。すべて単結晶で構成されている。

    今回の研究の概要。(a)今回作製された2端子素子の構造。(b)従来の研究で使われてきた一般的な半導体と強磁性金属を組み合わせた素子構造の例。(c)デバイスの作製に用いられたLa0.67Sr0.33MnO3薄膜の断面走査透過型電子顕微鏡による格子像。すべて単結晶で構成されている。(出所:東大Webサイト)

そして研究チームは同素子において、極めて低温の3Kにおいて最大140%の高い磁気抵抗比を得ることに成功したという。この値は、横型スピントランジスタの先行研究における磁気抵抗比を大きく上回る値とする。さらに、同様のプロセスを用いて3端子のスピントランジスタ素子を作製し、ゲート電圧によって電流を変調させることにも成功したとのことだ。

今回の研究成果により、酸化物を用いて、ナノ加工技術によりナノスケールでの局所的な相転移を引き起こすことによって、半導体では実現が難しい新たな機能性を持つデバイスを実現できる可能性が示されたとする。将来的には、このようなナノスケールの相転移技術をさまざまな酸化物に適用することで、酸化物の多様な物性を利用した新しいデバイスの創出が期待されるとしている。そして実用に向けては、ゲート変調の増大と動作温度の向上などが今後の課題とする。また今回の研究成果は、酸化物でスピントランジスタを実現できる新たな可能性を切り拓く成果でもあるとした。