東京医科歯科大学は、国立感染症研究所との共同研究で、内臓脂肪の蓄積があると新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)感染時にサイトカインが過剰となるサイトカインストームが起こることを発見したことを発表。記者会見にて詳細の説明を行った。
この研究の成果は、同大 大学院医歯学総合研究科 膠原病・リウマチ内科学分野の保田晋助教授、同 細矢匡講師、同 大庭聖也大学院生らの研究グループによるもの。同研究の詳細は2023年5月22日付で、学術誌「PNAS(米国アカデミー紀要)」(オンライン版)に掲載された。
世界規模で社会に混乱を巻き起した新型コロナウイルス感染症(COVID-19) 。感染の原因となった新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)が高い感染伝播性をもつことが問題となっていたと同時に、COVID-19発症時の重症化リスクが患者の要因によって大きく異なることが問題視されてきた。
重症化の要因としてはすでに、高齢、男性、高血圧に加えて、肥満が大きなリスクとなることが知られており、その肥満の程度とCOVID-19の重症化リスクとの関連には人種差が大きいことまでは分かっていたものの、そのメカニズムは不明だったという。
英国の医療データベースを用いた研究では、肥満の一般的な指標であるBMI(Body mass index)を用いて肥満のリスクを見積もると、欧米人のリスク増加は2倍程度であるのに対して、南アジア人では5倍以上重症化や死亡のリスクが上昇するという結果がでている。これは、人種による体格差のなかでアジア人は同程度のBMIでも内臓型の肥満を呈する頻度が高いからだという。
内臓脂肪は皮下脂肪に比べて、内臓脂肪組織から産生される炎症性サイトカインが関与しており、生活習慣病と強い関連を有していることから研究グループは、内臓脂肪の蓄積が炎症の増強因子になり、COVID-19の重症化や予後に関連するのではないかとの仮説を立て今回の研究に臨んだという。
具体的な調査方法として研究グループは、東京医科歯科大学病院に入院したCOVID-19患者の臨床情報の解析を実施。肥満の指標としてBMI、内臓脂肪組織(VAT)面積、皮下脂肪組織(SAT)面積、腹囲などを調査し、COVID-19の重症度や予後との関連を検討した。
その結果、VATの増加が重症度や予後と最も関連することが判明。VAT値は入院中のCRPのピーク値と相関したことも確認されたことから、内臓脂肪の蓄積があることでCOVID-19の炎症が増強され、重症化をもたらす可能性が示されたとする。
この結果を踏まえ、肥満とCOVID-19との関連を解析する目的で、食欲を制御するレプチンのシグナルを欠落させた2種類のマウスを作成。レプチンリガンドを欠損させて過食によって肥満を生じさせたマウス(ob/obマウス)では内臓脂肪優位、レプチン受容体を欠損させて過食によって肥満を生じさせたマウス(db/dbマウス)では皮下脂肪優位の脂肪蓄積を生じさせ、SARS-CoV-2を感染させたところ、ob/obマウスでは感染後早期にすべて死亡してしまったが、db/dbマウスや肥満でない野生型マウスはすべて生存したままであることが確認されたという。
また、感染極期の肺組織を解析したところ、ob/obマウスでは炎症性サイトカインやウイルス応答遺伝子の発現がいちじるしく亢進しており、サイトカインストームが生じていたことも確認されたとのことで、ヒトのCOVID-19でも治療に用いられているIL-6受容体阻害薬を投与したところ、ob/obマウスの生存率が有意に改善することも確認。この結果、IL-6の過剰産生がob/obマウスの死因の1つであることが示されたとする。
さらに、肥満となったob/obマウスにレプチンを6週間持続投与し肥満を解消させた「やせob/obマウス」と「肥満ob/obマウス」、また肥満ob/obマウスの感染直前にレプチンを投与した三群のob/obマウスをSARS-CoV-2を感染させたところ、やせob/obマウスでは肥満ob/obマウスに比べて生存率が向上し、感染極期の炎症性サイトカインやウイルス応答遺伝子の発現が低下していることが確認されたほか、肥満ob/obマウスにレプチンを投与しただけでは生存率の改善が得られないことも確認。これにより、肥満を改善させることでサイトカインストームの抑制と生存率の改善が得られることが示されたと研究グループでは説明している。
なお、研究グループでは今回の成果について、働き盛りの年代の過体重の男性に対して、体重の減少だけを目的とするのではなく、健康的なライフスタイルを送るモチベーションの1つとして、COVID-19の重症化リスクの軽減につながる可能性が提示された点に、社会的な意義があるとしている一方で、なぜ内臓脂肪の蓄積によってこれだけの生存率の違いが生じるかについて、すべてを明らかにできたわけではないため、さらなる検討が必要だともしている。