主に北海道で発症するエキノコックス症の原因となる寄生虫エキノコックスに対して、糸状菌が作る生理活性物質の「アスコフラノン」が有効であることを、長崎大学大学院熱帯医学・グローバルヘルス研究科の遠海(えんかい)重裕客員研究員(小児科学・感染症学)らの研究グループが発見した。酸素に富んだ(好気的)環境でも酸素が乏しい(嫌気的)環境でも、短期間で作用が見られた。新薬開発の手がかりができたとみて、今後、マウスでの動物実験に移るという。

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    エキノコックスには有効な治療薬がない。野生のキツネにエキノコックスが寄生し、そのふんをネズミが食べることで広がる(北海道立衛生研究所提供)

エキノコックスは野生のキツネの腸内に寄生する。エキノコックス症には数種類あることが確認されているが、研究グループは特に複雑な形態のこぶを作り、国内での感染者が確認されている「多包虫エキノコックス」に限定して研究を進めた。エキノコックスが細胞に入り込むと、好気的な環境でも嫌気的な環境でも、エネルギーを産生することを先行研究で突き止めていた。

最初は2剤を用いて好気的環境と嫌気的環境それぞれに作用させることを想定したが、最終的な目的である治療薬の開発を考えると、1種類の化合物だけの方が良いと判断し、両者の環境で作用する天然化合物がないかを調べた。

致死率が高い寄生虫感染症の「アフリカ睡眠病」に効くとされるアスコフラノンをエキノコックスに作用させた。すると、酸素を使ってエネルギーを産生するミトコンドリア内膜の好気的環境では、電子伝達体のユビキノン(UQ)を阻害した。一方、フマル酸からコハク酸に変わる際にエネルギーを産生する嫌気的環境では、電子伝達体のロドキノン(RQ)を阻害して産生を止めることができた。

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    アスコフラノンは好気的・嫌気的の両環境で、エキノコックスのエネルギー産生を止めることが分かった(長崎大学提供の図を改変)

エキノコックスを体外で培養したところ、好気的環境でも嫌気的環境でも、アスコフラノンによって1週間以内にほぼ死滅した。

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    エキノコックスは好気的(左)・嫌気的の両環境で、アスコフラノン(AF)の誘導体の形態(D2、D5)によって、1週間以内に阻害された。抗菌薬アトバコン(ATV)は好気的環境でのみ効果があった(長崎大学提供)

多包虫エキノコックスは、ふんに付着した寄生虫の卵が何らかの原因で口から人体に入ると、消化壁を破って血液に乗って門脈を通り、主に肝臓に寄生する。臓器にたどり着くと増殖し、大きなこぶができる。潜伏期間が10年を超えるため、感染経路がはっきりしないことも多い。こぶを完全に治す特効薬はまだなく、治療には外科的な手術でこぶの部位を切り取るしかない。

遠海研究員は「エキノコックス症は古くからある病気だが、現在も対処療法でしかなく、特効薬がない疾患の一つ。動物と共生する社会を目指すためにも、人間の治療薬の開発を急ぎたい」と意気込んでいる。

糸状菌から分離された天然化合物であるアスコフラノンは、アフリカ睡眠病の治験で人体に対する投薬段階にあり、生物への安全性は比較的高いと考えられている。

研究は日本学術振興会の科学研究費助成事業、文部科学省の卓越研究員事業、厚生労働省の新興・再興感染症研究事業の助成を受け、長崎大学、帝京大学、北海道庁、京都工芸繊維大学が共同で行った。成果は米微生物学会の「アンチマイクロビアル・エージェンツ・アンド・ケモセラピー」電子版2月22日号に掲載され、長崎大学などが4月17日に発表した。

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