固体では原子が規則正しく並んで結合しており、その振動が隣の原子へと移っていくことで熱が伝わる。この時の振動は、擬似的に粒子「フォノン」として捉えられる。フォノンは半導体などの熱伝導を考え、説明する上で重要な考え方だ。その伝わり方を実験と理論で詳しく調べ、グラファイト(黒鉛)で、中性子数が同じ同位体の純度を高めると熱がよく伝わることを発見し、これを支える現象の判断基準を明らかにした、と東京大学などの研究グループが発表した。物理現象の理解が進むと同時に、将来的には電子機器の排熱の技術に役立つ可能性もあるという。

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    同位体純度を高めたグラファイトの電子顕微鏡画像と、フォノンによる熱の伝わり方の概念図(東京大学提供)

電子機器の高密度化が進み、発熱の大きい半導体から効率よく排熱する材料や技術が重要になっている。グラファイトは熱を通しやすく、軽量で安価のため注目されている。銅などより高い熱伝導率をさらに高められれば、電子機器の高性能化につながる。

例えば丸い管の中を粘り気のある物体が流れていく場合、真ん中の流れが最も速く、管に近い縁に行くほど流れが遅い。このような流れ方を「ポアズイユ流れ」という。この現象はフォノンでも起こり、「フォノンポアズイユ流れ」と呼ばれる。ただこれまで、さまざまな実験を行っても、熱伝導率のデータがどうなっているとフォノンポアズイユ流れが起こっているのかを説明できなかった。そこで研究グループはグラファイトを使った実験と理論研究を通じ、判断基準の確立に挑んだ。

同じ元素でも原子核内の中性子数が異なるものを同位体という。天然のグラファイトは自然界の炭素の存在比と同じく、主な同位体の炭素12を約98.9%、中性子が1つ多い炭素13を約1.1%含む。炭素12の純度を高めると熱伝導率が上がると予想。実験では炭素13を0.02%に抑えたものを使い、10~300ケルビン(セ氏零下約263度~室温の約27度)の範囲で調べた。すると、30ケルビンから高温になるにつれて熱伝導率が高まり、90ケルビンでは天然のグラファイトに比べて2倍以上になった。

詳しい理論研究の結果、温度上昇につれて熱伝導率が“右肩上がり”に上昇するこの現象が、フォノンポアズイユ流れの形成を示すことを突き止めた。

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    同位体の純度を高めたグラファイト(青)と天然のもの(水色)の熱伝導性能の、温度による変化。縦軸は熱の伝わりやすさを示す。高純度では、高温になるにつれ熱伝導に優れる温度帯があり、フォノンポアズイユ流れが起きている(東京大学提供)

グラファイトは炭素原子が平面状に強くつながる一方、その各層が弱い力で積み重なってできている。このため、平面上と層をまたぐ方向とでは、力の伝わり方に大きな差(異方性)があるという。このタイプの材料で、フォノンポアズイユ流れの基準を初めて明らかにした。

研究グループの東京大学生産技術研究所の野村政宏教授(量子融合エレクトロニクス)は「今回の実験では、室温だと熱伝導率は天然のグラファイトと同等となったが、理論的にはここでもフォノンポアズイユ流れが起こると見込まれる。純度をさらに高めたり構造を改善したりして確認したい。幅広い温度で熱伝導率が高ければ、さまざまな電子機器に広く利用できそうだ。物理現象への理解を深めつつ、社会で使える技術を生み出していきたい」と述べている。将来的にはスマートフォンやパソコン、LED、高電圧や大電流を扱うパワー半導体など、発熱の大きな電子機器に応用できる可能性もあるという。

研究グループは東京大学、物質・材料研究機構、仏国立科学研究センターで構成。成果は英科学誌「ネイチャーコミュニケーションズ」に4月19日に掲載された。研究は科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業、日本学術振興会科学研究費助成事業などの支援を受けた。

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