学習院大学は5月17日、極低温のルビジウム原子集団を用い、光による原子のエネルギー変化を従来よりも高い精度で計測できる新たな手法を開発したことを発表した。
同成果は、学習院大の髙井絢之介大学院生(現・産業技術総合研究所)、東京工業大学の関口直太特任助教、学習院大学理学部の柴田康介助教、同・平野琢也教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、米国物理学会が刊行する原子・分子・光学・量子などを扱う学術誌「Physical Review A」に掲載された。
光と原子の相互作用における基本要素の1つに、光による原子のエネルギーシフトがあり、そのシフトの大きさは基本的に原子の磁気的状態に無関係だが、わずかに磁気的状態によって変化することが知られている。近年、原子を用いた精密計測や高度な量子状態制御を行うにあたって、この微小なエネルギー変化を正確に測定することの重要性が増しているという。
光による原子のエネルギーシフトは、これまで原子のエネルギー変化を精密に測定できる方法である分光法によって測定されることがほとんどであった。しかし、分光法では磁気的状態に依存しない成分も検出されるため、分光法による磁気的状態に依存する微小なエネルギー変化の測定精度は低いものにとどまっていたという。
そこで研究チームは今回、ルビジウム原子気体を絶対温度100万分の1K以下の極低温にまで冷却し、極低温の原子集団である「ボース・アインシュタイン凝縮体」を形成。こうした極低温の原子は、古典的な波(たとえば音波)のように干渉するため、これを利用した原子干渉計では、きわめて精密なエネルギー計測を実現できるとされている(一例として、超精密な原子時計にも原子干渉計が用いられている)。今回の研究では、ルビジウム原子気体の5つの内部状態で構成される“多状態”原子干渉計が用いられ、光によるエネルギー変化のうち、磁気的状態に依存するエネルギー変化のみを選択的にかつ高精度に測定できることが実証されたとする。
具体的な実験手法としては、ルビジウム原子のボース・アインシュタイン凝縮体に照射された波長795nmの光パルスによる原子のエネルギーシフトを測定した後、原子干渉計で、適切なラジオ波(rf)パルスによって、原子の5つの内部状態の干渉が起こされた。
rfパルスの途中に照射された光によって干渉の様子が変化し、出力される原子状態が変化。光パルスが弱い場合の干渉計出力は、ほぼすべての原子が単一の内部状態を占めていることになるのに対して光パルスを強くすると、原子がほかの状態に変化することが計測されることから、各状態を占める原子の割合から、光によるエネルギーシフトを推定できるという。
今回の成果について研究チームでは、原子を用いた精密測定や量子情報処理に向けた基盤となるものであり、今後、今回の手法を応用して原子の磁気的状態に依存するエネルギー変化を精密に補正することで、古典限界を破る感度を有する量子原子磁力計の実現が期待されるとしている。