理化学研究所(理研)と千葉大学の共同研究グループは、授乳期の母マウスに短鎖脂肪酸の一種であるプロピオン酸を投与すると、子の気管支喘息の病態の1つであるアレルギー性気道炎症が抑制されることを発見したと発表した。
同成果は、理研 生命医科学研究センター 粘膜システム研究チームの大野博司チームリーダー、伊藤崇訪問研究員(現・客員研究員)、千葉大大学院 医学研究院 小児病態学の下条直樹教授(研究当時)らによるもの。詳細は、5月2日に「Gut Microbes」オンライン版に掲載された。
気管支喘息は、ダニ・ペットの毛・真菌(カビ)などの異物に有害反応を示すアレルギー疾患の一種であり、典型的な病態の1つにアレルギー性気道炎症がある。この気管支喘息は世界で3億人以上が苦しんでいると考えられており、その発症因子を明らかにすることが求められていたという。
出生前および授乳期における母親のライフスタイルは、子どもの腸内細菌叢に大きな影響を与えることが知られている。またヒトの大規模疫学調査では、乳幼児期の腸内細菌叢の変化が気管支喘息をはじめとするアレルギー疾患の発症と相関しているとの報告がなされている。しかし、腸内細菌叢がアレルギー疾患の病態に働きかけるメカニズムの詳細はいまだ明らかではなかったとする。
近年の研究では、短鎖脂肪酸をはじめとする微生物の代謝物が腸の恒常性を維持する宿主免疫応答に影響を与え、その制御異常が疾患につながることが指摘されている。研究チームは中でも、多くの動物の腸内における主要な微生物発酵代謝物であり、心肥大や線維化の予防、欠陥機能障害の抑制など、腸を越えて全身にさまざまな健康増進効果を発揮するとされるプロピオン酸に着目したという。
今回の実験では、授乳期における母マウスのプロピオン酸摂取が子マウスのアレルギー性気道炎症にどのように寄与するのか、調査が行われた。
具体的には、マウスに3種類(酢酸・プロピオン酸・酪酸)の短鎖脂肪酸を含む飲料水、または対照となる通常飲料水のどれかを自由摂取できる環境を作成。そして、妊娠中の雌マウスに通常飲料水を摂取させ、そのマウスが出産し母になったら、子マウスに授乳する期間に上記の4種類の飲料水のうち1種類のみを摂取させたという。また、3週齢となった離乳時の子マウスと母マウスには通常飲料水を摂取させ、6週齢で子マウスに対してチリダニを気管内に投与した。
その結果、プロピオン酸飲料水を投与した母マウスの子では、他の群のマウスの子と比較して、気管支肺胞洗浄液中の炎症性免疫細胞である好酸球とCD4陽性T細胞の割合が低下したことが判明したという。このことから研究チームは、授乳期の母マウスにプロピオン酸を投与することで、子マウスのアレルギー性気道炎症が抑制されることが示唆されたとする。
このプロピオン酸を含む短鎖脂肪酸は、免疫細胞に発現するGタンパク質共役受容体のGPR41およびGPR43を介して健康増進効果の一部を発揮することが知られており、腸内の恒常性維持に重要な役割を担っていることが分かっている。そこで、さらにGPR41およびGPR43がどのように関与しているかを調べた結果、GPR43欠損母マウスでは、野生型母マウスと同じく、プロピオン酸摂取により子マウスの気管支肺胞洗浄液中の好酸球の割合が低下し、アレルギー性気道炎症が抑制されたとしている。
一方、GPR41欠損母マウスでは、プロピオン酸を摂取したにもかかわらず、子マウスの気管支肺胞洗浄液中の好酸球の割合が野生型母マウスと同じであり、アレルギー性気道炎症が起きていたという。これは、GPR41がプロピオン酸受容体として働き、アレルギー性気道炎症からマウスを保護する効果があったことを示唆する。
次に、GRP41を発現している細胞を同定するため、野生型マウスの小腸から各種免疫細胞を単離し、定量的PCR解析によるGpr41のmRNA発言解析を行ったところ、Gpr41のmRNAは好酸球に強く発現し、GPR41を発現する好酸球が、摂取したプロピオン酸の主な標的である可能性が考えられた。
そこで、腸内好酸球の包括的な遺伝子スクリーニングを行うため、プロピオン酸またはコントロール水を与えた母マウスの子から単離した小腸好酸球について、RNAシーケンス解析およびGO解析が行われた。その結果、プロピオン酸投与群で発言が上昇した遺伝子のうち、GO解析ではToll様受容体(TLR)シグナリング経路に属する遺伝子のスコアが最上位だったという。これらの結果から、プロピオン酸は腸内好酸球のTLRに働きかけ、GPR41を介して肺の好酸球にも影響を与える可能性も示されたとのこと。
共同研究グループは、今回の研究の成果が、気管支喘息を含めたアレルギー疾患に対する新しい治療法の開発に貢献すると期待できるとする。また、気管支喘息に関して、母親の周産期のライフスタイルを考慮することで、生まれてくる子どもの気管支喘息を予防できる可能性が考えられるとした。