米国の宇宙ベンチャー、ASTスペースモバイルと楽天モバイルなどは2023年4月25日、世界初となる、低軌道衛星を使った市販スマートフォン(スマホ)同士の直接通信による音声通話に成功したと発表した。
ASTは衛星を使った“宇宙に浮かぶ携帯基地局”によって、世界中に携帯通信をつなげることを目指しており、楽天モバイルなどが参画している。この成功によって、その実現に一歩近づいた。
ASTスペースモバイルらによる「スペースモバイル」構想
ASTスペースモバイル(AST SpaceMobile)は2017年に設立された米国のベンチャー企業で、巨大なアンテナをもった衛星を複数機打ち上げてコンステレーション(編隊)を組み、市販のスマートフォンとの直接通信を目指す「スペースモバイル(SpaceMobile)」プロジェクトを進めている。
従来の衛星携帯電話は専用の端末が必要で、通信速度も遅かった。また、昨今話題のスペースXの「スターリンク」なども、衛星との通信には専用端末が必要で、そこからWi-Fiでスマホなどと接続するという仕組みをしている。
一方のスペースモバイルは、衛星に市販のスマホと通信できるアンテナや機能をもたせることで、衛星をあたかも“宇宙に浮かぶ携帯基地局”として運用できる。これにより、市販・無改造のスマホで、テキストメッセージや音声、ウェブブラウジングといった普通の使い方ができるという特長をもつ。
同社ではこれにより、携帯ブロードバンドがまだ行き届いていない、世界人口の約50%に対して、通信接続を提供するという目標を掲げている。
同計画には日本の楽天モバイルがかねてより投資しており、2020年3月には戦略的パートナーシップを締結している。
楽天モバイルはスペースモバイルにより、これまでモバイル通信サービスの提供が難しかった山岳地帯や離島などにおいてサービスを提供し、日本国土のエリアカバー率を大幅に向上させることを計画している。また、大規模災害によって地上の基地局設備が被災した場合の、被災地への通信サービスの提供にも使用し、自然災害の多い日本における通信インフラの冗長性強化に貢献できるとしている。
スペースモバイルにはこのほか、通信大手のボーダフォンやAT&Tなども参画している。
ASTは2019年、小型の試験機を打ち上げて試験を行ったのち、2022年9月にはより実用的な試験機「ブルーウォーカー3 (BlueWalker 3)」を打ち上げた。ブルーウォーカー3は高度約500kmの軌道に投入され、同年11月には8×8mの64平方mの巨大アンテナの展開にも成功した。
そして日本時間2023年4月21日10時31分(米中部夏時間20日20時31分)、ブルーウォーカー3を使用した、市販・無改造のスマートフォン同士のエンド・ツー・エンドでの音声通話試験に成功した。ASTによると、宇宙から送信するモバイル・ブロードバンド・ネットワークと市販スマートフォン端末との通信において、世界初の成功例だという。
通話は、テキサス州ミッドランドにいるASTのチェアマン兼CEOのAbel Avellan氏から、日本の楽天モバイルのエンジニアとの間で、AT&Tの周波数を使用して行われた。端末はサムスン製のGalaxy S22を使ったという。
今回の試験ではまた、音声通話の試験に加えて、さまざまな種類のスマートフォンやデバイスでの初期互換性試験も実施したとしている。スマートフォンに関しては、宇宙からあらゆる電話端末やデバイスにブロードバンド接続を提供する際に重要な、加入者識別モジュール(SIM)とネットワーク情報を、「ブルーウォーカー 3」と直接交換することに成功したという。
また、スマートフォンのアップリンクとダウンリンクの信号強度に関する追加試験と測定により、モバイル・ブロードバンド速度および4G LTE、5G波形に対応できることも確認できたとしている。
楽天グループの代表取締役会長兼社長の三木谷浩史氏は、「このたび、衛星と市販スマートフォンの直接通信を実現し、当社のエンジニアとAvellan氏の音声通話という画期的な成果を上げられたことを大変喜ばしく思います。ASTスペースモバイルならびに試験に参加したすべてのASTの戦略パートナー企業の皆様にお祝い申し上げます。ASTのようなパイオニアによって宇宙からのモバイル通信の技術的進歩がなされることで、楽天グループとしても、私たちの目標である『携帯市場の民主化』に向けて大きく前進できると考えています」と述べている。
ASTは今後、ブルーウォーカーの追加機能の試験を継続して行うとともに、2024年第1四半期には、実運用衛星となる5機の「ブルーバード(BlueBird)」衛星の打ち上げも計画している。
また楽天モバイルは、2022年11月に実験試験局免許の予備免許を取得しており、今後、実験試験局本免許の付与を受け準備が整い次第、国内で通信試験と事前検証を開始する予定だとしている。
天文学への影響の懸念
ASTのように、低軌道に多数の衛星を打ち上げて通信などのサービスを提供しようという企業は近年増加している。スペースXのスターリンクはすでに4000機以上の衛星を打ち上げてサービスを開始しているほか、ワンウェブ(OneWeb)やAmazonなども参入し、欧州や中国でも構築の動きがある。
こうした低軌道衛星コンステレーションをめぐっては、巨大なアンテナが太陽光を反射しやすく、夜空で明るく輝いてしまうことや、つねに地上に向けて通信電波が出ていることから、天体観測、天文学の研究に悪影響を及ぼす可能性が懸念されている。
実際、スターリンク衛星は、太陽光の反射によって明るく輝き、いくつもの光の点が数珠つなぎになって夜空を流れる様子が世界中で観測されている。また、地上の天体望遠鏡や宇宙望遠鏡の観測画像に、光の筋となって写り込んでしまう被害も出た。最近では衛星の改良により、反射が抑えられてはいるものの、問題が完全に解決したわけではない。
ブルーウォーカー3についても、2022年11月のアンテナ展開後、地上からの観測により、条件によっては最高で1等級の明るさになることが、第三者の研究グループによる観測でわかっている。
将来的に打ち上げられる実運用衛星は、ブルーウォーカー3よりも大型化するとされており、また複数機打ち上げられることから、より影響が大きくなる可能性もある。
今後、ASTをはじめとする各社が、ビジネスでの成功と天文学への悪影響の軽減を、どのように両立させていくか、注意深く見守る必要がある。
参考文献
・AST SpaceMobile Makes History in Cellular Connectivity, Completing the First-Ever Space-Based Voice Call Using Everyday Unmodified Smartphones - AST SpaceMobile | AST SpaceMobile
・楽天モバイルと米AST SpaceMobile、世界初となる低軌道衛星と市販スマートフォンの直接通信試験による音声通話に成功 | プレスリリース | 楽天モバイル株式会社
・[2211.09811] Visual Magnitude of the BlueWalker 3 Satellite