国立極地研究所(極地研)は4月27日、日本の古典籍に残る、過去1400年にわたる「赤気(せっき)」(オーロラ)の記録から、太陽活動と地磁気の基本的な変動パターンが読み取れることを明らかにしたと発表した。
同成果は、極地研の片岡龍峰准教授によるもの。詳細は、国文学研究資料館が刊行する1900年以前の日本文学に関連した一次資料を扱う欧文オープンアクセスジャーナル「Studies in Japanese Literature and Culture」に掲載された。
稀に起こる大きな磁気嵐の時には、日本のように緯度がそれほど高くない地域でも、オーロラが観測されることがある。その特殊な赤いオーロラの目撃例は、日本の古典籍の中で「赤気」という言葉で記録されてきたという。
これまで、国文学研究資料館と極地研などが共同研究を実施した「オーロラ4Dプロジェクト」などでは、主に、日本初の勅撰国史「日本書紀」(720年)や、鎌倉時代の歌人・藤原定家の日記「明月記」などに記述された赤気、江戸時代の明和七年(1770年)に古典籍『星解』に描かれたオーロラ絵図などについて、文理融合的に詳細な検討がなされてきた。ただし、赤気に注目して日本の古典籍全体を見渡した際に、これらの研究で扱われた個別の赤気イベントが、どのような位置づけになるのかという点については課題として残されていたとする。
そこで今回の研究では、1930年代に神田茂氏による先行研究で見出された赤気のイベントリストを中心に、ほかの研究者が見出してきた赤気記録も併せて吟味しつつ、まずは日本史を通じて赤気イベントを見渡すこと、その上で日本書紀・明月記・星解のイベント発生を全体の中で相対的に位置づけることを試みたとする。また、赤気イベントの発生パターンに注目することで、これまでにリストアップはされていたが、原本や写本などが丁寧に調べられていなかった記録についても調査し、考察したという。
今回の研究ではまず物理学的な視点から、赤気の出現が地磁気の変動の理論的予測と整合的かどうかが調べられた。そして人文学的な視点では、歴史的な価値やその前後関係、赤気の表現、描かれている人々の様子の変化などについて調査が行われた。同調査で解明された事柄のうち、以下の3点が特に興味深い点としてピックアップされた。
- 過去1400年、太陽や地磁気の変化の性質は大きく変わらない
- 江戸時代の文献に、日本書紀に書かれた「雉尾」を彷彿とさせるカラー絵図
- 織田信長、赤気を凶兆と捉えず
過去1400年、太陽や地磁気の変化の性質は大きく変わらない
過去1400年の日本史を見渡した赤気イベントの発生には、太陽活動(グランドミニマム、11年周期、27日周期)と地磁気変動(永年変動、季節依存)のパターンのすべてが見出されたという。これは過去1400年を通して、現在の太陽活動と地磁気変動の理解が成立するとしている。つまり、太陽や地磁気の変化の性質が大きく変わらないことを表しているとする。日本書紀・明月記・星解の赤気イベントについては、太陽活動と地磁気変動の中でも、赤気の発生しやすい条件が複数重なることで、特に目立つイベントだったことが明らかにされたとのことだ。
江戸時代の文献に、日本書紀に書かれた「雉尾」を彷彿とさせるカラー絵図
赤気について記された江戸時代の文献の中には、日本書紀に書かれた「雉尾」の尾羽を彷彿とさせるカラーの絵図が発見された。また、それについて歌舞伎の隈取を連想させる「ボツトクマドリタル」と表現されていたという。この絵図に関しては、言葉が省略されており曖昧になっている表現について、理解を深めることに役立つ可能性があるとした。すなわち、赤気のイラストとして赤い色で1つの筋が描かれていたことから、日本書紀でオーロラの形の例えとして使われた雉尾という語は、雉の尾の全体ではなく、尾羽の1枚1枚のことであるとも推察できるとする。
織田信長、赤気を凶兆と捉えず
織田信長は、自身の死の3か月前に現れた赤気を、凶兆とは捉えずに戦に向かったことを、当時の人々が驚いていたのだという。この文献は、ポルトガルから来日した宣教師のルイス・フロイスの手によるもので、外国人の視点による日本人に関する記述という点でユニークであり、理解できない天変地異を目撃した当時の日本の人々の様子を詳しく知る手掛かりとなるとしている。
今回の研究により、日本史全体を見渡しながら、オーロラに関する科学的な視点も通して、個々の古典籍を見直していくことの重要さや面白さが明らかにされたとする。新たな古典籍を発見して情報を追加することも重要だが、今回の研究では科学的な知見も踏まえつつ、既知の古典籍を丁寧に調べ、全体の中で位置づけていくような研究を重ねることで、人文学的にも自然科学的にも豊かな知見が得られる可能性が示されたとする。また、この手法の重要性は、赤気の研究だけでなく、ほかのさまざまなテーマの研究にもいえるとしている。