東京大学(東大)は4月26日、日本・韓国・台湾の成人男性のデータを用いて、酒を飲めるかどうかが所得や労働時間に与える影響を調べた結果、アルコール耐性のある人々は耐性のない人々に比べて、高頻度かつ多量の飲酒をしていることが明らかになった一方で、必ずしも高い所得を得ているわけではないことが判明したと発表した。
同成果は、東大大学院 公共政策学連携研究部/同・大学院 経済学研究科の川口大司教授、韓国・ソウル国立大学 経済学部の李政珉教授、国立台湾大学 経済学部の林明仁教授、一橋大学大学院 経済学研究科の横山泉教授らの国際共同研究チームによるもの。詳細は、医療経済学に関する全般を扱う学術誌「Health Economics」に掲載された。
飲酒は、度を超してしまうと身体を壊したり周囲に迷惑をかけてしまったりと、マイナス面の影響が少なくない。その一方で、コミュニケーションを円滑にする作用があることも多くの人が知るところだ。実際、同僚や部下、上司、取引先の相手、同業者などと、酒の場でコミュニケーションや交渉が円滑に進むことで、新たなアイディアが生まれてそれが次のビジネスに結びついたといった話はよくあるだろう。これらのことから多くの人は、酒に強い人の方が稼いでいると考えているのではないだろうか。
また、飲酒が所得に及ぼす影響について関心を持った経済学者も多く、膨大な量の先行研究が存在しているという。しかし、飲酒量は性格、職業、所得、生活環境などを反映して個人が選んでいるため、飲酒が所得と相関関係を持っていたとしても、飲酒量が多くなる職業であるからといった要因が所得を高めているのか、職業を問わず飲酒そのものが所得を高めているのかは、明確ではないとする。つまり、飲酒が所得に与える因果的効果の特定は困難だったのだ。
これまでの研究では、さまざまな統計的手法を用いて因果関係の特定が試みられてきたが、分析結果が仮定に大きく依存するという欠点があったとする。この問題を乗り越えるために研究チームは今回、遺伝的に決定されるアルコール耐性が、所得や労働時間に与える影響を推定することにしたという。
今回の研究では、日本、台湾、韓国において、それぞれ約2000人、1000人、500人の勤労男性を対象に独自調査が実施された。同調査では、回答者のアルコールに対する遺伝的耐性を測定するバイオマーカーテストとして「アルコールパッチテスト」が行われた。その結果、今回の調査では、回答者の約50~60%がアルコール耐性があるタイプで、残りの40~50%がアルコール耐性がないタイプだったとする。なおこの分布は、ゲノム解析に基づく医学研究のメタアナリシスで報告された分布に非常に近いものだという。
データ分析の結果を要約すると、アルコール耐性がある男性は、耐性のない男性よりも、飲酒頻度と1回あたりの飲酒量が多いことが確認されたとのことだ。この結果は3か国で一貫していて、個人の属性を制御しても結果が変わらないことが確認できたとする。研究チームはこの結果について、“飲める人が飲む”というこれまでの研究でも報告されてきた関係を再確認するものだとした。
次に、アルコール耐性がある男性と、耐性のない男性の、収入と労働時間の比較が行われた。しかし両者の間には、収入や労働時間において統計的に有意な差はなかったといい、統計的に有意ではないというレベルにとどまらず、差の大きさも無視できるほどだったという。全体として、今回の研究の調査結果は、アルコール耐性が労働市場の結果に及ぼす影響がないことが示されているとする。
医学分野の研究でも、適量の飲酒は健康状態を向上させるという通念とは逆に、少量であれ飲酒は有害であるとの研究結果も知られるようになっている。もはや近年では、少量の飲酒により健康状態を向上させるという考え方は、否定されるようになりつつあるという(ただし、少量の飲酒が、まったく飲まないよりも健康に好影響を与えるという研究結果もある)。
しかし、もしも飲酒がビジネスコミュニケーションを円滑化して、所得を向上させる効果があるのならば、適量の飲酒は経済的な観点からは望ましいということになりえる。ところが今回の研究結果は、そのような効果の存在をも否定するものだったとする。
今回の研究成果は、アルコールパッチテストとサーベイ調査を組み合わせて作られたデータを用いて得られたものである。研究チームは今後、自然科学分野の研究者との共同作業を通じて、大規模なデータを用いた、より精確な研究が行われることが期待されるとしている。