STMicroelectronicsの日本法人であるSTマイクロエレクトロニクスは4月25日、自社のMEMSセンサ事業に関する説明会を開催。同社が2022年に発表したインテリジェント・センサ処理ユニット(ISPU)搭載6軸慣性測定ユニット(IMU)が、開発環境など含めて、ソリューションとして利用できる体制が整ったことが明らかにされた。

データ爆発時代のスマートセンサ

現在、さまざまな場所でさまざまなセンサが活用され、多くのデータが生み出されるようになってきた。今後、そうしたセンサの適用領域はさらに拡大し、生み出されるデータ量もより増加していくことが予想されている。これまで、そうしたセンサで生成されたデータはエッジ端末のマイコンで整えられ、ゲートウェイを介してクラウド側に送信。クラウド側で可視化などの処理が行われてきたが、データ量が増えていくと、通信量も増加し、一連の流れで必要とする電力量も増加していくことになる。持続可能な社会の構築に向けては、これでは成り立たないという懸念から、近年ではセンサノードのマイコンでデータの前処理を行い、必要なデータだけをクラウド側に送るといった手法を取り入れることで、全体の電力量を削減しようという動きが出てきている。ISPUは、そうしたマイコンでのエッジAI処理をセンサ側で行うことで、より低電力化を図ることを目指して開発された技術だという。

  • 消費電力の削減がエッジ側に求められるようになってきている

    データ爆発によってクラウド側の処理が増えれば、その分、データセンターとエッジ双方の必要とする電力が増大することとなるため、その削減がエッジ側に求められるようになってきている

現在、提供されているISPUファミリは産業用アプリケーション向け「ISM330IS/ISM330ISN」およびコンシューマアプリケーション向け「LSM6DSO16IS/LSM6DSO16ISN」の4製品。後ろに「N」が付いているモデルは、同社が提供するISPUで手軽にAIモデルを構築できる「NanoEdge AI Studio」に対応するモデル。「N」が付いていないモデルは、C言語でエンジニアが自前でAIモデルを記述することが求められる。

  • ISPU内蔵MEMSセンサの概要

    ISPU内蔵MEMSセンサの概要

ISPUの最大のポイントは、マイコンでAI処理を行うよりも低消費電力でAI処理を行えるという点。センサ内蔵のDSPベースの8Kゲートの拡張32ビットRISCコア(ISPUコア)でAI処理することで、汎用マイコン比でシステム全体で消費電力を50~80%ほど低減できるという(内蔵A/Dコンバータは16ビットのものが搭載されていることも32ビット対応の背景にある模様)。

  • ISPU内蔵6軸のチップ構成

    ISPU内蔵6軸のチップ構成。MEMSセンサとISPUコアの間は絶縁の接着シートが挟み込まれ、電気的な接続はボンディングでの対応となる。また、パッケージは既存製品と同等サイズで、ピンコンパチブルとのこと

  • システム電力の比較

    汎用マイコンで処理した場合と、ISPUで処理した場合のシステム電力の比較

同社は、イタリアのアグラテでMEMS部分を、フランスのルッセならびにクロルでASIC部分を、そしてフィリピンのカランダで後工程を行うなど、MEMSセンサの自社内一貫生産にこだわっている(一部、外部パートナーに委託する場合もある)。そのため、このISPUもMEMS部分をアグラテ、ASICをクロルとルッセ(130nmプロセスを採用)、後工程をカランバで行っているとする。自社による一貫生産にこだわる理由として、特に後工程でのテスト期間の短縮を独自開発のテスターなどを活用することで高精度を維持しながら実現できるためだという。

  • STの自社工場の配置図

    STの自社工場の配置図。MEMS関連はイタリア、フランス、フィリピンが担当している

手軽に予兆検知を可能とするNanoEdge AI Studio

日本では主に産業用アプリケーションでの適用が期待されるISPU。特にC言語によるAIモデル開発などの経験がない人でもNanoEdge AI Studioを使うことで、簡単にAIモデルを構築できるため、これまでAI活用とは縁遠かった産業分野での活用も期待できるという。

  • ISPUとNanoEdge AI Studioを活用することで手軽にAIモデルの生成が可能になる

    ISPUとNanoEdge AI Studioを活用することで手軽にAIモデルの生成が可能になる

NanoEdge AI Studioは、学習したデータを正常値として判断し、それ以外を異常値として認識することで手軽にAIモデルを生成することができる。実際の使い方としても、予兆検知をしたい機器とISPUを接続し、NanoEdge AI Studioを立ち上げ、学習のための指令を出してやるだけとなっている。ISPUは40KB(プログラム領域32KB+実行領域8KB)のRAMを有しており、NanoEdge AI Studioではきっちりとそこに収まるAIモデルを構築してくれるという。また、例えばモーターの予兆検知の場合、学習中に異なる振動パターンにしてやることで、それぞれのパターンを正常値と認識することもできるので、ある程度の自由度を確保することもできる模様である(こまかく故障直前ギリギリで異常を通達するといったチューニングはできず、そういった使い方をしたい場合は、自前でAIモデルを開発する必要がある)。

  • ISPUを搭載したデモボード

    ISPUを搭載したデモボード。画面中央のチップがISPU

  • IMUの表示デモ

    IMUと連動してPCモニタ上の物体の向きをリアルタイムで変更する表示デモ。ここにISPUは用いられるわけではない

  • ISPUとNanoEdge AI Studioを組み合わせたデモ
  • ISPUとNanoEdge AI Studioを組み合わせたデモ
  • ISPUとNanoEdge AI Studioを組み合わせたデモ。ファンとISPUをつなぎ、ISPUの学習をオンにしたタイミングのファンの状態を正常値として認識するといったもの。学習中に動作しているファンの向きを変えたりしてやると、その変化した値も正常値として学習される。学習されたファイルは、都度保存され、その中から最適なものを選ぶ、といったことも可能

こうしたISPUで適用可能な各種ツールについてはそのほとんどが無料で提供されているという。

用途に応じた製品展開を推進

同社ではISPUファミリのほか、既存製品としてディシジョンツリーによる機械学習コア(MLC)を内蔵したMEMSセンサを提供してきたほか、それよりもより簡単な処理向けにステート・マシン(FSM:Finite State Machine)を内蔵したMEMSセンサも提供してきたが、それらについても機能強化が図られており、例えばFSMとして新たに自己構成機能(ASC:Adaptive Self Configuration)が追加されたという。

  • STのMEMSセンサ

    STのMEMSセンサでは3種類のスマート機能が提供されることになる

  • FSM向け新機能「ASC」の概要

    FSM向け新機能「ASC」の概要

それぞれのMEMSセンサごとに特徴がわけられるため、同社ではニーズに応じた住み分けを行っていくとしており、今後は3系統それぞれでの市場拡大を目指した取り組みを進めていくことになるとしている。

なお、ISPUについては、現在はIMUが提供されているだけだが、今後として加速度センサ単体にも組み込むことを検討しているとするほか、ISPUは内蔵している加速度センサやジャイロセンサに加えてもう1つのセンサの処理も可能なため、高い柔軟性を武器に幅広いニーズにこたえらえるソリューションになるとの期待を示している。