物質・材料研究機構(NIMS)は4月20日、高い力学強度を持つ高分子ゲル電解質を創製し、リチウム金属負極の保護被膜に適用することで、リチウム金属電池のサイクル性能を向上したことを発表した。

同成果は、NIMSの玉手亮多独立研究者、ペンユエインICYS研究員、上山祐史学術振興会特別研究員(北海道大学大学院 生命科学院 大学院生)らの研究チームによるもの。詳細は、機能性材料に関する化学と物理学を扱う学際的な学術誌「Advanced Materials」に掲載された。

リチウムイオン電池など、リチウム二次電池の性能を向上させるためのさまざまな研究が続けられている。中でも、高い理論容量と低い作動電位から、高エネルギー密度を持つ次世代リチウム二次電池の負極材料として有望視されているのがリチウム金属だという。

しかし同金属のその高い反応性は、電池性能劣化や内部でのショートを引き起こす危険性があるリチウムデンドライトの成長や、金属負極からはがれて充放電に寄与しないデッドリチウム生成を引き起こすことが知られており、安全性や電池寿命に課題を抱えていた。そのため、リチウム金属負極を用いた二次電池の普及は広がっていない状況だ。

このような背景から、リチウム金属負極の動作安定性を向上させる研究が続けられており、特に、人工的な保護被膜の導入は注目されている。最近では、ソフトな高分子材料によるリチウムデンドライトやデッドリチウムの抑制に期待が集まっている。

しかし、高分子材料としては既存の市販材料を利用することが多く、人工保護被膜としての分子設計の合理的な最適化はあまり進んでいなかったという。そこで研究チームは今回、高濃度リチウム塩が溶解した有機溶媒(有機電解液)と、水素結合性高分子から形成される高分子ゲル電解質を開発することにしたとする。

この高分子ゲル電解質は、非常に高い力学強度と伸長性を特長とする。材料開発のポイントは、(1)水素結合性高分子の化学構造・組成の最適化と、(2)ゲル電解質に内包される有機電解液組成の重要性だという。特に、高分子ゲルの研究においては、水を溶媒とするハイドロゲルの研究が多く行われているため、溶媒と高分子の相互作用がスポットライトを浴びることは多くなかった。そうした中、今回の研究では、高分子構造だけではなく、高分子を膨潤させる電解液(溶媒分子およびイオン)の組成が、ゲル電解質の力学特性に大きな影響を与えることが明らかにされたとする。

  • 開発した水素結合性ゲル電解質と従来の化学架橋ゲル電解質の引張試験

    (a)開発した水素結合性ゲル電解質と従来の化学架橋ゲル電解質の引張試験。(b)モデルセルのサイクル挙動。ゲル電解質人工保護被膜あり(赤)と保護膜なし(黒)の比較 (出所:NIMSプレスリリースPDF)

たとえば、同じ水素結合性高分子を用いた場合でも、リチウム塩の濃度によって力学強度は大きく異なる。これは、高濃度のリチウム塩が、リチウムイオンと相互作用する溶媒分子の割合を増やし、高分子間の水素結合を邪魔する溶媒分子の割合が減るためと考えられるという。このようなコンセプトにより、電解液と高分子構造・組成の最適化を行った結果、これまで報告された高分子ゲル電解質の中でも、破格に高い力学強度と伸長性を持つ高分子ゲル電解質が得られたとした。

次に、同高分子ゲル電解質をリチウム金属負極に塗工して人工的な保護被膜とし、リチウム金属電池の性能に与える影響が検討された。すると、リチウム対称セルを用いたリチウム溶解・析出の長期サイクル試験を行うことで、保護被膜の有無によってサイクル寿命が異なることが見出されたという。保護被膜がない場合、200時間程度でセルのショートが起こるのに対し、保護被膜を導入すると、1000時間以上の長期サイクルが可能となったとした。20サイクル後の保護被膜付リチウム金属負極の表面が電子顕微鏡で観察されたところ、サイクル後も同金属負極がスムースなゲル電解質の被膜で覆われていることが確認された。

  • 開発した水素結合性ゲル電解質と通常の化学架橋ゲル電解質の引張試験(a)および圧縮試験(b)の結果

    (a・b)開発した水素結合性ゲル電解質と通常の化学架橋ゲル電解質の引張試験(a)および圧縮試験(b)の結果。(c)リチウム塩濃度の異なる有機電解液と水素結合性高分子からなるゲル電解質の引張試験結果と模式図。リチウム塩濃度の増大は、水素結合を阻害する自由な溶媒分子の数を減らし、力学強度を向上させる (出所:NIMSプレスリリースPDF)

続いて、高エネルギー正極材料の1つである「NCM622正極」とリチウム金属負極から構成されるリチウム金属電池が試作され、保護被膜の有無で比較が行われた。すると、人工保護被膜の導入によるサイクル特性の大幅な向上が確認できたという。

  • ゲル電解質を人工保護被膜として導入したリチウム対称セルと保護被膜がないリチウム対称セルの長期サイクル挙動(a)、および20サイクル後のリチウム表面の電子顕微鏡画像(b)の比較

    (a・b)ゲル電解質を人工保護被膜として導入したリチウム対称セルと保護被膜がないリチウム対称セルの長期サイクル挙動(a)、および20サイクル後のリチウム表面の電子顕微鏡画像(b)の比較。(c)保護被膜の有無によるリチウム金属負極-NCM622正極で構成される電池セルの放電容量の変化の違い (出所:NIMSプレスリリースPDF)

高い力学強度と伸長性を持つゲル電解質の人工保護被膜としての用途は、次世代リチウム二次電池においてリチウム金属負極を使いこなすための重要な技術になりうると期待される。また、このゲル電解質の特長は、近年IoTデバイスなどで注目されるフレキシブル電池にも応用できる可能性が期待されるとした。

しかし、今回の研究はまだ基礎研究段階であり、実用化のためには多くのハードル・検討事項が存在するという。また、保護被膜の厚みの最適化やほかの電解液系への適用可能性などの検討も必要とする。これらの検討を進めることで、今回開発された高分子ゲル電解質を人工保護被膜としてリチウム金属電池への社会実装を目指すとともに、同金属負極を実装した電池の最適な界面設計の指針を獲得したいと考えているとしている。