東京・上野の国立科学博物館(科博)にて3月14日より6月18日までの期間にて開催されている特別展「恐竜博2023」に3月24日より、新たな実物化石が展示されている。

前期白亜紀に生息した小型獣脚類「スキピオニクス・サムニティクス」がそれで、展示場所は2体のティラノサウルスの化石が並べられた付近。3月14日より23日まではレプリカが展示されていたが、この度、所有者である「カゼルタ・ベネヴェント地方考古学・美術・景観監督局」より特別に許可を得ることに成功。会期の最中ではあるが、世界で初めてイタリア国外にて、世界で1体しか見つかっていない貴重な「スキピオニクス」の展示が可能となった。

  • スキピオニクス
  • スキピオニクス
  • 3月24日より展示が始まった小型獣脚類「スキピオニクス・サムニティクス」のホロタイプ標本。説明パネルにもしっかりと「ホロタイプ標本」、「実物」という文字が書かれている (所蔵:カゼルタ・ベネヴェント地方考古学・美術・景観監督局)

  • スキピオニクス
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  • こちらは開幕当初に展示されていたスキピオニクスのレプリカ標本。説明パネルには「全身骨格(複製)」と書かれていた (所蔵:群馬県立自然史博物館)

スキピオニクスの2つの特長

スキピオニクスは現在までに、今回展示されている1体のみが見つかっている貴重な存在であり、その種の基準となるホロタイプ標本と位置付けられている。今回の恐竜博2023では、鎧竜ズールや、新種認定されたばかりのマイプなど、ホロタイプ標本が多数展示されているが、そうした意味では、それを一堂に見る貴重な機会と言える。

もう1つの特長は、内蔵などの軟組織まで含めて化石になっているという点。その種類も多岐にわたり、食道や気管支、十二指腸、胃、軟骨、血、骨格筋、内蔵筋、血管、ケラチン質など、さまざま。しかも腸の内部などには複数種類のトカゲやサカナなどを食べた跡も確認できるレベルで残されており、電子顕微鏡の観察からはブドウ球菌のようなバクテリアも化石として残っていることも確認されているという。

  • スキピオニクス
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  • スキピオニクス
  • スキピオニクス
  • スキピオニクスはさまざまな軟組織が化石として残っており、そこから何を食べていたのか、といったことから、どういう内臓器官を有していたのか、臓器内部にバクテリアが住んでいた、といったことなど、さまざまなことが判明したという (クリスティアーノ・ダルサッソ博士の投影スライドを筆者が撮影)

長年、スキピオニクスの研究を行い、スキピオニクスの第一人者でもあるミラノ自然史博物館 古脊椎動物学キュレーターのクリスティアーノ・ダルサッソ博士は、「スキピオニクスが生きていた約1億1300万年前のイタリアは、今よりももっと南に位置し、かつラグーンが広がっていた。このスキピオニクスは、嵐かなにかの影響で、親とはぐれてしまった生後数日~10日程度の赤ちゃんだが、それが流され、ラグーンに到着。太陽の光が強いため、水の蒸発が早く、結果として石灰の成分が早く固まり、さらにそのうえにも石灰成分が積もり、酸素が入らない状態となった結果、内蔵が腐敗するよりも早く石灰で封じ込められたため、このように色々な内蔵が残ったのだと思われる」と、その形成過程を説明する。

  • クリスティアーノ・ダルサッソ博士

    スキピオニクスの特長などの説明を行っていただいたミラノ自然史博物館 古脊椎動物学キュレーターのクリスティアーノ・ダルサッソ博士

大地震直前に発見され、難を逃れたスキピオニクスの化石

実はスキピオニクス、発見は1980年11月22日とかなり古い。これまでは1981年という話もあったが、それは実際の発見者であるアマチュア古生物研究家のジョバンニ・トデスコ氏とダルサッソ博士が連絡を取り合ったのが1993年であり、10年以上も昔のことで、記録・記憶があいまいであったためで、その後、色々と精査をしていった結果、上述の1980年11月22日に、ナポリから約70km北東の石灰岩層がある採石場にて発見されたことが判明したという。ちなみに、翌日の1980年11月23日は、イタリア南部を中心としたイルピニア地震が発生。トデスコ氏は北イタリア出身であり、採取の継続をあきらめ、帰宅の途についたが、そのまま採取したことを忘れ、1991年になってようやく思い出し、クリーニングを開始したという。

そのクリーニングの過程で、良く見つかっていた魚の化石とは違う特徴を確認し、当初はトカゲではないかと思っていたという。トカゲということで、しっぽが長いはず、という思いから、自身で尻尾をポリエステル樹脂製で足す、といったことも行ったという。この時点まで、トデスコ氏は恐竜とは思っていなかったが、1993年、世界中でヒットした恐竜映画「ジュラシックパーク」を子どもと見に行った際に、「ヴェロキラプトル」を見て、自身の持つ化石が恐竜のものである可能性に思い至り、ミラノ市立自然史博物館の古生物学者に連絡。同僚であったダルサッソ博士に、当時はインターネットというものはなかったので、電話越しで化石の特徴を伝え、恐竜かどうかの判定を行ったという。その当時を同氏は「電話の向こうの説明を聞く限りは、前足の指が3本しかないという。何回も聞き返して、確認を行ったが、この3本の指が肉食恐竜の特長で、この段階でイタリア初の恐竜と確信。一晩眠れないほどの興奮を覚えた」と振り返る。

学名よりも先に名付けられた愛称「チーロ」

イタリアには、地下などから発見された化石や重要物は国家の財産とする法律があり個人所有はできない決まりとなっている。そのため、この段階で管轄当局に引き渡され、そこで初めて公にイタリアにも恐竜化石があることがアナウンスされることとなった。イタリアの大衆雑誌「Oggi」が特集を組みたいので、名前を欲しいという話となり、愛称として、ナポリ地方の男の子に着けられるよくある「Ciro(チーロ)」という名前が付与されることとなった。

この時点では、まだ新種かどうかの判定ができていないため、学名はつけられておらず、愛称の方が先に決められた。その後、トデスコ氏が付けた樹脂などを300時間ほどかけて除去する作業が進められ、その際に軟組織の大部分が残されていることが判明したという。

ダルサッソ博士は、かなり早い段階から科学誌「Nature」に連絡を取っていたというが、Nature側からもう少し詳細が分かるまで載せるのを見合わせるという返答があり、この恐竜化石が長くても生後10日ほどの赤ちゃん恐竜であること、内蔵がかなり良い状態で保存されていることなどを踏まえ、1998年にNatureの表紙として掲載され、学名として「Scipionyx samniticus(スキピオニクス・サムニティクス)」が命名されることとなった。ただ、この際、Natureに掲載された論文は3ページほどのものであり、ダルサッソ博士らはこれではスキピオニクスの研究としては不十分とし、さらなる研究を実施。2011年に300ページの研究成果がミラノ自然史博物館の論文に掲載されている。

  • 1998年のNatureの表紙

    1998年のNatureの表紙と、2011年のミラノ自然史博物館の論文の表紙

ちなみにスキピオニクスという名称だが、イタリア語ではシピオニクスと発音するという。日本の場合、ローマ字読みでつづりに併せて読むため、スキピオニクスという呼び名になる。このスキピオニクスという名称は、イタリア国家にも登場する古代ローマの英雄であるスキピオ(スキピオ・アフリカヌス)と、産出地(イタリア・カンパニア州)周辺で化石がたくさん出てくることを発見した18世紀の地質学者スキピオーネ・ブライスラークからとったもので、後ろのニクスは古代ギリシャ語で爪を意味する「onyx(オニクス)」を組み合わせたもので、「スキピオの爪」ということとなる。また、サムニティクスは、産出地の周辺地域の古代ローマ時代の名称「Samnium(サムニゥム)」の形容詞で、続けると「サムニゥムで見つけられたシピオの爪」という意味となる。

恐竜博2023は大阪開催を予定も、スキピオニクスのホロタイプ標本は東京会場のみ

なお、カゼルタ・ベネヴェント地方考古学・美術・景観監督局との契約の関係上、スキピオニクスのホロタイプ標本の展示は東京会場の会期末である6月18日までとなる。恐竜博2023自体は、その後、大阪市立自然史博物館にて、7月7日~9月24日まで開催されるが、そちらではレプリカ標本が展示される予定となっているので、もしスキピオニクスのホロタイプ標本を見たいのであれば、東京会場にてその姿を瞼に焼き付けていただきたい。

  • クリスティアーノ・ダルサッソ博士

    会場にて記念撮影に応じてくれたクリスティアーノ・ダルサッソ博士

東京会場の開催概要は以下のとおり。科博では、連日予約枠が満枠となっており、平日の来場、早めの予約をお勧めしますとアナウンスしている。

  • 会場:国立科学博物館(東京・上野)
  • 会期:2023年3月14日~6月18日
  • 開館時間:9時~17時(土曜ならびに4月30日~5月7日は19時まで。入場は各閉館時刻の30分前まで。常設展示は17時閉館(入場は16時30分まで)、4月29日~5月7日は18時閉館(入場は17時30分まで))
  • 休館日:月曜日。ただし3月27日、4月3日、5月1日、6月12日は開館
  • 入場料:一般・大学生2200円、小中高校生600円(公式チケットサイト、アソビュー!、各種プレイガイドにて購入可能)
  • 入場には、オンラインによる(未就学児など無料対象者も含めた)日時指定予約が必要(各種プレイガイドでのチケット購入の場合、来場時に購入したコンビニ店頭で発行した紙チケットと日時指定予約のQRチケットが必要なことに注意)