三重大学と東京大学(東大)の両者は4月5日、ゲルのやわらかさを決める「負のエネルギー弾性」の起源を解明したと共同で発表した。

同成果は、三重大 情報教育・研究機構 総合情報処理センターの白井伸宙助教、東大大学院 工学系研究科の作道直幸特任准教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、米国物理学会が刊行する機関学術誌「Physical Review Letters」に掲載された。

ゼリーやソフトコンタクトレンズなどとして身近なところでも利用されるゲルは、正確には「液体によって全体の体積が膨張した非流動性のコロイド状網目または高分子網目」と定義される。長いひも状の分子である高分子と水などの溶媒で構成されており、容易に変形しつつも元の形に戻る弾力がある。この元に戻る性質は「弾性」と呼ばれる。

ゲルが持つ弾性の起源の1つは、エントロピー弾性だ。同弾性は、ゴムのように引っ張ると元に戻ろうとする復元力によるものを指す。そして近年、ゲルにはもう1つ、反対方向に働く大きなエネルギー弾性が発見された。エントロピー弾性のように変形にあらがおうとする性質が正の弾性であるのに対し、逆方向、つまり変形したがる性質は負であり、この2つ目の弾性は「負のエネルギー弾性」と呼ばれているという。

  • ゴムの弾性とゲルの弾性の比較。ゴム弾性は、伸ばすと縮もうとするエントロピー弾性だけであるのに対し、ゲル弾性はエントロピー弾性に加えてそれを弱める方向に負のエネルギー弾性が存在し、それがゲルのやわらかさを生んでいる

    ゴムの弾性とゲルの弾性の比較。ゴム弾性は、伸ばすと縮もうとするエントロピー弾性だけであるのに対し、ゲル弾性はエントロピー弾性に加えてそれを弱める方向に負のエネルギー弾性が存在し、それがゲルのやわらかさを生んでいる(出所:共同プレスリリースPDF)

この負のエネルギー弾性はゴムにもわずかにあるが、無視できるほど小さいため、ゲル特有の性質だといえるとする。しかし、そのミクロな起源や一般性はわかっていなかったという。そこで研究チームは今回、実験で示された負のエネルギー弾性のミクロな起源を探るため、ゲルの高分子の網目をすべて取り扱うのではなく、網目の中の1本のひも状分子に注目したという。

今回の研究では、遊具のジャングルジムのような格子に、ひも状分子とそれを取り巻く水分子が配置されている数理モデルを用いて研究が進められた。ひも状分子は格子点をつないだ経路として表現されており、経路には同じ点を通らないという制約がある。このような経路は「自己回避ウォーク」と呼ばれ、数学や数理物理学の研究対象となっている。

用いた数理モデルでは、ひも状分子と水分子の相対位置でエネルギーの値が決まる。要は、ひも状分子の配置の場合の数を数えることで、ひも状分子のエントロピー弾性とエネルギー弾性を同時に計算できるという。そして、場合の数の厳密な数え上げと理論計算によって、ひも状分子と水分子の間に引き合う力(引力相互作用)が働く時に、負のエネルギー弾性が生じることが数学的に示された。

  • ゲルと本研究に用いた数理モデルの概念図。(a)ゲルは高分子が作る3次元的な網目(灰色)の中に大量の水分子(青丸)を保持している。(b)ゲルを構成する高分子の網目のうちの1本のひもに注目し、格子点をつないだ経路として表現されている。ひも状分子の周りに水分子(青丸)が存在し、ひも状分子と水分子の間に引き合う力(引力相互作用)が働いている

    ゲルと本研究に用いた数理モデルの概念図。(a)ゲルは高分子が作る3次元的な網目(灰色)の中に大量の水分子(青丸)を保持している。(b)ゲルを構成する高分子の網目のうちの1本のひもに注目し、格子点をつないだ経路として表現されている。ひも状分子の周りに水分子(青丸)が存在し、ひも状分子と水分子の間に引き合う力(引力相互作用)が働いている(出所:共同プレスリリースPDF)

数理モデルの計算結果は、ゲルの弾性率およびエントロピー・エネルギー弾性の温度変化の実験データの振る舞いをよく再現しているという。この結果は、高分子の網目からできているゲルについて、網目の中の1本のひも状分子をよく調べることで、負のエネルギー弾性の特性を説明できることが示されているとする。

  • 実験と理論の比較。(a)先行研究で行われたゲルの弾性率の測定結果。(b)数理モデルが示したひもの弾性の温度変化。得られた結果(b)は、ゲルの弾性率の実験結果の振る舞い(a)をよく再現していることが確認された

    実験と理論の比較。(a)先行研究で行われたゲルの弾性率の測定結果。(b)数理モデルが示したひもの弾性の温度変化。得られた結果(b)は、ゲルの弾性率の実験結果の振る舞い(a)をよく再現していることが確認された(出所:共同プレスリリースPDF)

今回、化学的な個性を考慮していないシンプルな数理モデルで負のエネルギー弾性が生じることが示されたことは、負のエネルギー弾性が特定のゲルに限られた性質ではなく、ゲルが持つ一般的な性質であることを意味しているという。

今回の研究により、ひも状分子と水(溶媒)分子の引力があれば、どんなゲルでも負のエネルギー弾性を持ちうることが判明した。つまり、ゼリーや医療材料などのさまざまなゲル材料について、弾性率を理解するには、負のエネルギー弾性を考慮した理論を構築する必要があるとする。

研究チームは、今回の理論を土台として、今後それぞれのゲルの個性を取り込んだ複雑なモデルの解析や、それらのモデルに対応する実験を通じてゲル弾性の理解が進めば、ゼリーの食感や医療材料の触感などの理論的な予測や制御へとつながることが期待されるとしている。