高エネルギー加速器研究機構(KEK)と理化学研究所(理研)の両者は4月3日、1979年に合成された242U以来となる、新たなウランの中性子過剰同位体「241U」の合成と質量測定に成功したことを共同で発表した。
同成果は、KEK 素粒子原子核研究所 和光原子核科学センターの庭瀬暁隆博士研究員、理研 仁科加速器科学研究センターの向井もも基礎科学特別研究員を中心とする国際共同研究チームによるもの。詳細は、米国物理学会が刊行する機関学術誌「Physical Review Letters」に掲載された。
大質量星内部での核融合で合成されるのは原子番号26の鉄までで、それ以降の重元素は、速い中性子捕獲とそれに続くベータ崩壊で元素を形成する「r過程」によって生成されると考えられている。r過程が起こるためには、10億℃以上の非常に高い温度と、1cm3あたり1垓(=1020)個以上と極端に中性子の多い環境が必要だ。なお、2017年の重力波観測により発見された中性子星同士の合体では、それによって発生するキロノバからの電磁波での観測から、実際にr過程元素合成が起こったことが確認されている。
しかし、r過程のメカニズムを完全解明するためには、それに関与する原子核の性質に関する情報が必要だ。r過程の速い中性子捕獲で合成される原子核の大部分は、天然に存在する原子核やこれまで人工的に作り出された中性子過剰核よりも遥かに中性子が多いため、その性質が実験的に知られていないだけでなく、理論的な予測も困難だという。
中でも、中性子過剰なアクチノイドは合成が困難で、その研究が進んでいない。たとえば天然に存在する238Uに対し、これまで合成できた中性子過剰核は239U、240U、242Uの3種類のみで、1979年に242Uが合成されて以降、新たな中性子過剰なウランの同位体は発見されていない。研究チームは、このような中性子過剰なアクチノイド核に対する実験データの欠如が、r過程を理解する上でのボトルネックとなっているとする。
そうした中、中性子過剰原子核の生成手法として近年注目を集めているのが、「多核子移行反応」だ。同反応は、衝突する2つの重イオン間で多数の核子が交換されるというもので、1959年に発見されたのだが、多数の自由度が関与する複雑さのため、反応の全貌はいまだ解明されていない。同反応の特徴は、同時に多種類の原子核が生成され、それらが低いエネルギーで比較的広いエネルギー分布と角度分布で放出されるという点だ。そのため、反応で生成された原子核を収集して興味のある原子核のみを取り出すことが難しいという。
そこでKEKと理研が共同開発しているのが、多核子移行反応で合成された原子核を収集して選別することに特化した装置「KEK元素選択型質量分離装置」(KISS)だ。今回の実験は、中性子過剰なアクチノイド同位体の実験研究を進めるため、原子核を多核子移行反応によって合成することの有効性を実証することを目的に実施されたという。
そして、2022年2月と7月に理研の重イオン加速器施設「RIビームファクトリー(RIBF)」において、KISSと、研究チームが開発した「多重反射型飛行時間測定式質量分光器」(MRTOF-MS)を組み合わせて、実験が実施された。そしてMRTOF-MSによる高精度の質量測定により、中性子過剰なウランの同位体241Uの合成を初めて確認することができたとする。
また研究チームは、初めて発見された241Uに加え、242Uの質量測定にも成功したという。また今回の実験では、プロトアクチニウム(Pa)、U、ネプツニウム(Np)、プルトニウム(Pu)の合計19種類の同位体の質量測定にも成功したとのことで、中でも241Npと242Npにおいて測定された原子質量については、文献値(2020年原子質量編纂:AME2020)と比較して測定精度を向上することにも成功したとしている。
研究チームは今後、目的核種に最適な反応系の採用、大強度ビームへの適応、測定装置の開発など、今回の研究で確立された手法をさらに発展させることで、これまで研究が困難だった中性子過剰アクチノイド核に研究領域を拡大することが可能になるとする。また、こうして同定された未知の中性子過剰アクチノイド核に対して、質量測定のみならず、寿命の測定や崩壊核分光など測定対象を多様化することで、当該領域の原子核の性質に関する情報が豊富に獲得でき、天然に存在するUやトリウムを合成したr過程の解明に向けた理解が進むことが期待できるとした。