理化学研究所(理研)、奈良女子大学、鳥取大学、大阪大学(阪大)の4者は3月27日、π中間子が原子核に束縛されたπ中間子原子の精密測定を行い、真空が空っぽの空間ではなく、見えない構造を隠し持つことを示す実験結果を得ることに成功したと共同で発表した。
同成果は、理研 仁科加速器科学研究センター 加速器基盤研究部の西隆博研究員、同・中間子科学研究室の板橋健太専任研究員(理研 開拓研究本部 岩崎中間子科学研究室 専任研究員兼任)、奈良女子大 理学部 数物科学科の比連崎悟教授、鳥取大 農学部 生命環境農学科の池野なつ美講師、阪大 核物理研究センター 核物理理論研究部門の野瀬-外川直子協同研究員らを中心とした、50名近い国内外の研究者が参加した国際共同研究チームによるもの。詳細は、英科学誌「Nature」系の物理学全般を扱う学術誌「Nature Physics」に掲載された。
自然界の4つの力の中で最も強いのは、その名が示す通りに「強い力」で、2番目の電磁力のおよそ100倍である。それはあまりにも強いため、最もエネルギーの低い状態である「真空」の構造も変化させていると考えられている。この真空については、空っぽの状態よりも、クォークと反クォークが対になった「クォーク凝縮」が満ちている状態が、エネルギー的に最も低い状態として真空を形成しているとされる。そのために真空の対称性が失われ、陽子や中性子、そして中間子の質量が大きく変化したというのが、現代物理学の理論である。
しかし、クォーク凝縮の観測は困難だ。その観測は、環境によって変化(減少)する性質により生じる影響を調べるという間接的な方法しかないため、その存在を明確に示す実験結果はほとんどなかったという。
クォーク凝縮は、宇宙創成直後の高温・高密度状態では存在せず、その後の宇宙が広がって冷えていく過程で発生したとされることから、これまでのさまざまな実験では、高温または高密度な環境を作り出すことで、クォーク凝縮の減少の観測が行われてきた。それに対して今回の研究では、湯川秀樹博士がその存在を予言したことで知られるπ中間子を原子核中に束縛させることで、原子核内部における粒子間の相互作用の情報を精密に引き出すという手法が試みられた。
研究チームは2018年に、π中間子を原子核に束縛させた状態の「π中間子原子」を非常に効率良く生成する手法を確立している。π中間子原子では、π中間子が原子核の内部から受ける反発力がクォーク凝縮の量と負の相関を持つため、π中間子と原子核の「束縛エネルギー」の精密測定から、原子核内部のクォーク凝縮の量を計算することが可能だ(原子核内部の環境は、水の密度の約100兆倍であることが正確にわかっている)。