米国の宇宙ベンチャー、レラティビティ・スペースは2023年3月23日、世界初となる3Dプリンタ製ロケット「テラン1」の初打ち上げに挑んだ。

第2段の故障により軌道には到達できなかったものの、目標としていた、機体に最も負荷がかかる「マックスQ」の通過には成功。3Dプリンタ製のロケットの技術実証は達成できたとした。

同社は2号機の準備を進めるとともに、より大型の次世代ロケットの開発も進める。

  • 打ち上げを待つテラン1

    打ち上げを待つテラン1 (C) Relativity Space

ロケットをまるごと3Dプリントするレラティビティ

レラティビティ・スペース(Relativity Space)は2015年に設立された宇宙ベンチャーで、米国カリフォルニア州に拠点を置く。

同社の最大の特徴は、3Dプリンタを使ってロケットを製造するところにある。従来、宇宙分野での3Dプリンタの使用は一部の部品のみに限られていたが、同社は巨大な3Dプリンタを使い、ロケットの構造(乾燥)質量の実に約85%(将来的には95%)を造形。これにより、部品数は従来のロケットの約100分の1となり、製造にかかる人員や手間、時間を大幅に削減。低コスト化、品質向上などを図っている。

もうひとつの特徴が、ロケットエンジンの燃料に液化天然ガス(メタン)を使っているところにある。メタンは安価なうえに入手性も高く、なにより高性能が期待できる。まだ世界的に開発途上の段階にあるが、ロケットに最適な未来の燃料と目されている。

「テラン1(Terran 1)」は、こうした技術を使って造られた同社初のロケットである。全長35m、直径2.3mの2段式ロケットで、1段目にメタンと液体酸素を推進剤とするエアオン1(Aeon 1)エンジンを9基、2段目には同エンジンを真空向けに改修したものを1基装備する。

高度185kmの地球低軌道に1200kg、高度500kmの太陽同期軌道に900kgの打ち上げ能力をもつ。打ち上げコストは約1200万ドルで、競合する他のロケットに比べて半額以下というきわめて安い価格を提示している。

  • テラン1を造形するための巨大3Dプリンタ「スターゲイト」

    テラン1を造形するための巨大3Dプリンタ「スターゲイト」 (C) Relativity Space

テラン1の初打ち上げミッション「GLHF」

今回のテラン1の初打ち上げでは、3Dプリンタで造ったロケットが飛行時の振動や圧力に耐えられるか、とくに飛行中に最も負荷がかかる「マックスQ」と呼ばれる領域を無事に通過できるかどうかを確かめることを目的としていた。

そのため先端には、実機の人工衛星ではなく、1500kgの重りと、同社のロゴを刻んだリング状のモニュメントを搭載。この2つは分離されず、フェアリングも分離しない固定式のノーズコーンが装着された。

ミッション名も「Good Luck, Have Fun (GLHF)」という洒落たものだった。同社はロケットの名前などをSFやゲーム関連の言葉で統一しており、たとえば「テラン」は『スタークラフト』に登場する地球人の末裔の種族名に由来し、「GLHF」もオンラインゲームなどの対戦前の挨拶としておなじみの言葉である。

打ち上げは当初、3月8日に予定されていたが延期。11日にも挑んだもののふたたび延期となっていた。

そして日本時間3月23日12時25分(米東部夏時間22日23時25分)、テラン1はフロリダ州にあるケープ・カナベラル宇宙軍ステーションのLC-16から離昇した。

第1段の飛行は正常で、離昇から約80秒後にはマックスQを通過。第2段との分離にも成功し、高度100kmも超えて宇宙空間に到達した。

しかし、第2段エンジンの燃焼が早期に停止したことにより、軌道への到達には失敗。機体は大西洋上に安全に墜落した。

打ち上げの生中継で解説を担当した、同社試験・打ち上げ担当技術プログラム・マネージャーのArwa Tizani Kelly氏は「軌道には到達しませんでしたが、この最初の打ち上げにおいて定めていた目標を大きく上回る結果を残せました。その目標とは、飛行の最も要求の厳しいフェーズのひとつであるマックスQを通過してデータを収集し、さらに機体の分離を行うことでした」と語った。

また打ち上げ後、同社は「今日の打ち上げでは、機体に最も負荷がかかるマックスQを無事通過することに成功しました。私たちの革新的な3Dプリント・ロケット技術が正しいことを、この上ない形で実証したのです」との声明を発表している。

「今日は大きな勝利であり、多くの歴史を作りました」。

機体のほとんどを3Dプリントしたロケットが飛び立ち、マックスQを超え宇宙空間に達したのは世界初となる。

また、メタン・エンジンのロケットが宇宙空間に達したのは、2022年末に中国のベンチャー企業ランドスペースが打ち上げた「朱雀二号」に続いて2例目となる。朱雀二号もテラン1と同じく、第2段のトラブルで軌道到達には失敗している。

  • 飛行中のテラン1

    飛行中のテラン1。メタン特有の青い燃焼ガスが見える (C) Relativity Space

今後の展望

テラン1は市場からの期待も高く、すでに米国航空宇宙局(NASA)や米国防総省、民間企業から複数件の打ち上げ契約を受注している。

同社はカリフォルニア州にある本社でテラン1を製造しており、年間12機を製造可能としている。また、NASAのジョン・C・ステニス宇宙センターにロケットエンジンの試験施設も構えるほか、新たな工場の建設も進めている。

レラティビティはさらに、「テランR」という次世代ロケットの開発も進めている。テラン1と同じく、機体のほとんどを3Dプリンタで造形できる一方、テラン1が使い捨て型ロケットなのに対し、テランRは機体すべてを回収、再使用が可能であり、打ち上げコストのさらなる低減が図られている。

打ち上げ能力は地球低軌道に20tで、大型衛星の打ち上げや小型衛星の複数打ち上げなどの商業打ち上げ市場への参入を目指している。

初打ち上げは2024年を予定する。すでに衛星インターネット会社ワンウェブ(OneWeb)から打ち上げ契約を受注しているほか、宇宙企業インパルス・スペース(Impulse Space)からは世界初となる商業火星飛行ミッションも受注するなど、早くも市場からの期待を集めている。

  • 開発中のテランRの想像図

    開発中のテランRの想像図 (C) Relativity Space

参考文献

Terran 1: Launching The World’s First 3D Printed Rocket (Pt. 3) - YouTube
Relativity Space(@relativityspace)さん / Twitter
Relativity Space