名古屋大学(名大)は3月15日、クワガタムシの一種「ネブトクワガタ」が特定の酵母との共生関係を喪失していること、それによって不特定の酵母の移動分散に寄与していることを発見したことを発表した。
同成果は、名大大学院 生命農学研究科の山本大智大学院生(研究当時)、同・土岐和多瑠講師らの研究チームによるもの。詳細は、英オンライン総合学術誌「Scientific Reports」に掲載された。
昆虫は、木に穴を開けて食い荒らしているような害虫のイメージからか、木材を消化できるように思われがちだ。しかし、木材の主要成分であるセルロースやリグニンなどは難消化性のため、実は多くの昆虫が自力ではそこから栄養を得ることができないという。そこで昆虫の多くが採用した戦略が、微生物と共生することだ。つまり、難消化性成分の分解を微生物に委ねていると考えられている。一部の昆虫は、袋状の特殊な器官「マイカンギア」を持ち、そこに共生微生物を取り込んで運搬することが知られている。
クワガタムシといえば、カブトムシと並ぶ人気甲虫の双璧だ。その成虫は樹液を餌とするが、イモムシ型の幼虫は木材を食べることがわかっている。大半のクワガタムシは、木材の難消化性成分を分解するため、それを可能とする特定の酵母と共生するという。またメスの成虫は、体内にマイカンギアを持ち共生酵母を運搬する。しかし、ネブトクワガタに関しては酵母との共生関係が不明だったことから、研究チームは今回、同クワガタについて詳しく調査することにしたとする。
研究では29頭のメス成虫の調査が行われ、その半数以上は、マイカンギアで酵母を運んでいないことが判明。酵母を保持していた残りのメスからは、合計20種の酵母が発見された。ただし、すべてのメスが共通して持つような特定の酵母はなく、それぞれの酵母の量も少ないものだったという。
ほかのクワガタムシでは、通常、1~3種の特定の酵母がマイカンギアで運ばれることがわかっている。それに対して今回の対照的な結果は、ネブトクワガタがマイカンギアを持つにも関わらず、特定の酵母と共生していないことを示すとしている。
次に、確認された20種の酵母がどこに由来するのかを調べるため、成虫が訪れる樹液と、幼虫が食べる木材にどのような酵母が見られるのかを調査し、その比較が行われた。その結果、樹液と木材の酵母の種構成は大きく異なっており、共通する酵母は確認されなかったという。一方、マイカンギアの酵母の多くは、樹液の酵母、あるいは木材の酵母と共通していることが確認された。さらに、メス成虫の消化管が調べられたところ、樹液の酵母と共通するものが大部分で、木材の酵母は見つからなかったとした。
この結果は、ネブトクワガタのマイカンギアには、樹液や木材由来のさまざまな非共生酵母が混入することを示すとする。つまり、木材で育ち、羽化した際に木材由来の非共生酵母がマイカンギアに混入すること、そして、木材から出たメスが樹液をなめる際に樹液由来の非共生酵母がさらに混入することが推察されるという。メスは産卵のために木材へ移動することから、木材由来の酵母はマイカンギアによって木材から樹液を経由して新たな木材へ運ばれることが考えられるという。
このように、ネブトクワガタは、特定の酵母と共生しないことで、むしろ木材を住み処とする多様な酵母の移動分散を助け、森林生態系の豊かな生物多様性の維持に貢献している可能性があるとしている。
昆虫は、共生器官のマイカンギア」を進化させることにより、共生微生物を次世代へ受け継ぐ確実性を高めたと考えられてきた。一方、微生物との共生関係を喪失した昆虫では、共生器官を保持しなくなった例も知られている。ネブトクワガタは、発達した共生器官を保持したままの状態で、微生物との共生関係を失っている珍しい例だという。ネブトクワガタは、共生器官を残し続けることで、木材を住み処とする多様な非共生酵母の移動分散に寄与する公共交通的な役割を担っている可能性があるという。
森林には、木材を利用する昆虫が豊富に生息しているが、どのような微生物とどのように関係するのかを理解できているものはごく一部に留まっているとする。今回の研究は、森林生態系において、昆虫の共生器官が非共生微生物の移動手段となり、豊かな生物多様性の維持に貢献し得ることが示された点で意義深いといえるとした。