東京大学(東大)と古河電気工業(古河電工)は3月15日、2023年4月1日付で、東大大学院工学系研究科に社会連携講座「小型・超小型衛星におけるビジネスエコシステムの創生」を開設し、3年間の共同研究を開始することを発表した。
近年、複数の小型および超小型衛星を連携させて地球観測などを行う衛星コンストレーションの活用が注目されているが、今回の社会連携講座はそうした市場拡大が期待される小型・超小型衛星の開発・製造・供給体制の構築・強化を図り、競争力ある衛星サービスを生み出す基盤となるビジネスエコシステムの創生を目指して立ち上げられたものだという。
講座長には超小型衛星の第一人者である東大 大学院工学系研究科航空宇宙工学専攻の中須賀真一 教授が就任。中須賀教授が講座長を務める社会連携講座は過去に宇宙航空研究開発機構(JAXA)と行った実績があるが、民間企業とのものは今回が初となるという。
開設される社会連携講座は2026年3月までの3年を予定。1年目となる2023年4月~2024年3月までは「題材とする衛星の開発を通した衛星アーキテクチャ、要素技術の基礎健闘」、2年目となる2024年4月~2025年3月までは「衛星要素技術・アーキテクチャ・衛星開発手法・量産化手法等の具体的検討」、3年目となる2025年4月~2026年3月までを「衛星要素技術開発と開発マネジメント手法の検討」と位置付けている。
古河電工が宇宙事業に参入した背景
古河電工が宇宙(衛星関連)事業に参入することについて、同社取締役 兼 執行役員常務 営業統括本部長の枡谷義雄氏は、「古河電工では、近年のインフラの高度化や脱炭素といった社会的な課題を背景として、社会インフラ維持管理、ライフサイエンス、CO2リサイクル、次世代インフラ、宇宙といった新事業創出に挑んでいる。中でも宇宙は、地上のインフラだけでは解決が難しい社会課題に対しても解決できる可能性がある分野」と説明。また、宇宙事業への参入を検討するきっかけとなった背景として、「車載向け小型電源を開発していたが、それを新領域として衛星に搭載できないか、という話が出た。この取り組みは2021年よりJAXA宇宙イノベーションパートナーシップ(J-SPARC)のもと、“小型衛星向け次世代電気推進機(ホールスラスタ)用の電源開発”として進められてきた」と、車載向けの要素技術開発が宇宙につながったことを説明。宇宙ビジネスを古河電工グループ ビジョン2030で掲げている「情報」・「エネルギー」・「モビリティ」の融合分野に位置づけて、社会課題の解決に挑むとする。
具体的には、今後の小型・超小型衛星のコンステレーションを中心とした活用によって衛星市場が拡大することを見据え、「国産衛星の供給体制にはまだまだ改善の余地がある。大量に衛星を生産するには各種コンポーネントの量産化技術が必要だが、そこに古河電工の技術が適用できると思っている。宇宙インフラを活用するという発想を大切にし、小型・超小型衛星の供給に貢献していく」(同)と、まずはコンポーネントの供給から宇宙事業を育てていく計画を示す。
このコンポーネントとしては主に「フォトニクス技術/通信システム技術」、「電源・パワーエレクトロニクス技術」、「放熱技術」、「高精度加工技術・量産製造技術」の4つが考えられると同社では説明している。また、その後、サブシステムの提供なども行っていきたいとしているほか、将来的には衛星そのものをODMとして手掛けたり、衛星を活用したサービスの提供なども手掛けたいとするが、まずはコンポーネントの提供で事業としての柱を確立させるとしている。そのため、事業のロードマップとして、2025年にはコンポーネントの軌道実証を開始したいとしており、その取り組みを通じ、2030年には売上高100億円規模の事業へと育てたいとしている。
東大と古河電工の社会連携講座では何が行われるのか?
今回、共同研究という枠組みではなく、社会連携講座という制度を活用したことがユニークな点と言える。これにより、東大側としては専属の特任准教授もしくは特任講師を1名、助教を1名、それ以外にも中須賀教授の研究室(中須賀・船瀬研究室)所属の研究員がサポートする体制ができるほか、講座であるため学生も参加することが可能となる。古河電工側としては、営業統括本部内に、将来の新事業がスケールアップする際に、顧客の声を聞き、それを事業に活かすことを可能とするソーシャルデザイン統括部と呼ばれる100名ほどの組織(内8割ほどがエンジニア)を有しており、その中で航空宇宙関連のエキスパート15名を送り込むことを予定しているとする。
中須賀教授は、「この社会連携講座でいろいろなことをやりたいと思っているが、ベースとなるのは政府を中心に、宇宙活用が拡大しているという事実。宇宙を1つの産業というとよりも日本の基幹産業にしたいという思いがある。政府のミッションである防災や安全保障など、さまざまな面で宇宙利用が広がっていく。それをサービスとして担うのが民間で、政府がそうした民間から宇宙活用サービスを調達していく時代が到来する。サービスとして提供するために、大量の超小型衛星を製造するプロジェクトが始動し、政府がそうしたサービスに対する顧客となって対価を支払う。欧米ではすでに、政府がお金を出して開発するのではなく、民間に投資をして、そのサービスを買うという仕組みで動いている」と、これからの宇宙産業の広がる方向性を説明するほか、「コロナ禍で海外からのコンポーネントの納入後れから、開発が遅れるケースということが日本でも多々見られた。そうした地政学的リスクのみならず、経済安全保障という観点からも国内にベンダーがいることが重要になる。一方でバスメーカー(衛星製造メーカー)もベンチャー含め、出てきているが、コンステレーションの実現に向けてはキャパシティが不足している。宇宙を活用したサービスが展開されれば、コンポーネントも数十~数千という単位で売れる可能性がでてくる。そうした中で、今回の連携を通して、古河電工には、製造技術やシステム工学の能力を活かして、コンステレーションを行うメーカーが必要とする大量の衛星製造請負であったり、最先端コンポーネントの国内外への供給元になってもらいたいと思っている」と、幅広い分野に対して高い技術力を持つ古河電工に対する期待を述べている。
また、「要素技術に関しては、日本には強い技術がたくさんある。実は海外の企業もそうした技術を使っている。そういう要素技術を掘り起こして、宇宙で使えるように昇華する必要があるが、そういった点で日本は宝の山といえる」と、まだまだ日本の企業が宇宙に参入できる余地があることを強調する。中でも自動車関連部品については、「宇宙で主に注意する必要があるのは熱、振動、衝撃だが、自動車部品はもともとそうした過酷な条件下で10年や20年動作できるという特徴を持っている。唯一、宇宙専用部品と異なるのは放射線への耐性。そのため、車載製品については放射線に強いものを見つけることが重要。そうしたデータベースもJAXAを中心に作ろうという動きもでてきており、今後、そうした活用が広がることも期待できる」と、宇宙への活用が広がるへの期待を述べている。
なお、古河電工では自社での宇宙事業の拡大のみならず、スタートアップへの支援も並行して進めていくとしている。すでに宇宙関連とは異なる分野については、直接投資ならびに間接投資を進めており、光コンポーネントやヒートパイプ技術についても共同開発を進めており、将来的なスタートアップに対する資本提携や資本投入といったことも考えられるとしており、全方位的に日本の宇宙産業強化に向けた取り組みへと発展させていきたいとしている。