北海道大学(北大)は3月10日、粉砕機の一種であるボールミルを用いた「メカノケミカルクロスカップリング反応」において、高活性を示す新しい触媒を開発したことを発表した。
同成果は、北大 創成研究機構 化学反応創成研究拠点/北大大学院 工学研究院の伊藤肇教授、同・久保田浩司准教授らの研究チームによるもの。詳細は、米国化学会が刊行する機関学術誌「Journal of the American Chemical Society」に掲載された。
ボールミルとは粉砕機の一種で、セラミックなどの硬質のボールと材料の粉を円筒形の容器に入れて回転させることによって、材料をすりつぶして微細な粉末を作る装置のことをいい、近年、同装置を用いたメカノケミカル反応が、有害な有機溶媒の使用量を低減するクリーンかつ低コストな合成技術として注目されているという。そのメカノケミカル合成法を活用し、固体状態で進行するメカノケミカル鈴木-宮浦クロスカップリング反応の開発に成功したのが研究チームである。なお、メカノケミカル鈴木-宮浦クロスカップリング反応とは、パラジウム触媒および塩基存在下、有機ホウ素化合物と有機ハロゲン化物を反応させ、ビアリール化合物を合成する方法のことをいう。
しかし、これまでのカップリング反応では、溶液条件用の触媒・配位子に添加剤を加えて用いていたため、メカノケミカル条件では必ずしも望みの触媒性能が発現せず、しばしば高い反応温度が必要だったという。そのため、室温に近いメカノケミカル条件において高活性を示すオリジナルな触媒・配位子の開発が望まれていたとする。しかし、そのようなメカノケミカル条件に適した配位子設計の原理は明らかでなく、これまでに開発例は存在しなかった。
そうした中で研究チームは今回、これまでの研究で究明していた、メカノケミカル条件ではパラジウム(Pd)触媒が凝集することで失活しやすいという知見をもとに、柔軟な「ポリエチレングリコール(PEG)鎖」を結合した「ホスフィン配位子」を用いることで、Pd触媒の凝集による失活を抑制できないかと考察したという。
そして実際に検討がなされた結果、PEG鎖を持つホスフィン配位子を用いると、メカノケミカル鈴木-宮浦クロスカップリング反応が劇的に加速することが見出されたのである。特に、室温に近い温和な条件下においても、幅広い基質に対して効率良く反応が進行したとする。
また、これまでの研究で最適とされていたBuchwald型配位子「SPhos」と比較して、多くの反応例で1.5倍から50倍程度の収率向上効果が見られたという。このことから、触媒のPEG鎖が、触媒が固体に取り込まれることによる失活を防ぐため、高性能を示すことが考えられるとしている。
研究チームは今後について、この配位子をさらに改良することで、高効率かつ環境に優しい省溶媒有機合成プロセスの開発が期待できるとする。また従来の有機合成反応には、高価である高純度の有機溶媒が必要だが、この方法にはそのような溶媒の使用によるコストがかからないため、生産プロセスのコストダウンも期待できるとした。さらに、有機溶媒に溶けないため扱えないような不溶性化合物、たとえば多環芳香族化合物、顔料や色素の効率的なカップリング反応の実現も期待できるとしている。