東京大学は3月9日、日本の全国土面積の12%を占めるスギ林について、森林スケールの光合成・蒸散速度を年間を通じて観測し、1枚の葉の光合成反応から森林と大気との間でのCO2の乱流拡散までを再現する精緻なシミュレーションモデルを構築。そのモデルを観測データと比較した結果、スギ林のCO2吸収メカニズムを明らかにしたことを発表した。
同成果は、東大大学院 農学生命科学研究科 森林科学専攻の羽田泰彬大学院生、同・熊谷朝臣教授、森林研究・整備機構 森林総合研究所(森林総研) 水保全研究室の清水貴範室長、九州大学(九大) キャンパス計画室の宮沢良行学術推進専門員らの共同研究チームによるもの。詳細は、生態学的プロセスを記述するための数学的モデルなどを扱う学術誌「Ecological Modelling」に掲載された。
森林の炭素隔離能力や水源涵養機能を発揮させるための管理が期待されており、人工林の代表的樹種であるスギは、その主役になることが考えられる。そこで研究チームは今回、国土面積の12%を占めるスギ林に対し、そのような森林管理法の策定のために必要となる基礎研究を行ったという。
まず、大気と森林との間で、どれほどのCO2と水蒸気(H2O)が、どのようにやり取りされているのかが森林スケールで調べられた。なお今回の研究では、熊本県山鹿市の鹿北試験地流域のスギ林で、(森林総研)が長年にわたって観測してきたデータが用いられた。
この観測では、50m高の森林タワーに据え付けられた渦相関法フラックス計測システムにより、森林上空のCO2・H2Oフラックスが30分ごとに計測された。なお、フラックスとは一般に単位面積当たり・単位時間当たりの物質移動量を表し、CO2・H2Oフラックスは、森林スケールでの光合成速度・蒸散速度を意味するという。
次に、CO2・H2Oフラックスがどのように形成されるのかを調査。森林スケールの光合成・蒸散は、1枚の葉で行われる光合成・蒸散の集まりであることから、今回は、1枚の葉のスケールでの植物生理学的な性質と、森林全体での葉量の時空間分布を計測したとする。そして、この1枚の葉の振る舞いとその集まりが、どのように森林上空のCO2・H2Oフラックスを形成するのかを探るため、そのシミュレーションモデルが作成された。
研究チームによると、このシミュレーションモデルは、1年間にわたって30分ごとのCO2・H2Oフラックス変化の観測データを良好に再現することができたとする。一方、ヘクタール(ha)あたりの年間炭素吸収量・蒸散量は、観測値でそれぞれ5.6炭素トン・875mm、計算値で7.5炭素トン・884mmとなった。これを受け、年間総吸収量の推定には、なお若干の検討が必要な結果となったとしている。
研究チームは、この再現シミュレーションの過程で、年間を通じてほとんど葉の光合成能力や葉量が変化しないように見える常緑針葉樹のスギであっても、実はその季節変化、特に冬の低温環境による光阻害に対する防御機構を考慮しなければならないことが判明したとする。また、スギ林が森林全体として「どのように光合成しているのか?」を調べたシミュレーション結果によると、冬に葉の光合成能力を低下させるのは、年間を通してスギ林の生産を保つためには必要不可欠であることが明らかにされたとしている。