人工知能(AI)が脳画像を解析してうつ病を診断し、医師の確定診断を支援する方法の実用化に向けて有望なデータが得られた、と広島大学などの研究ループが発表した。現在、うつ病は医師の問診を中心に診断されているが、精度はさほど高くないため、どう是正するかが課題とされてきた。日本のほか、世界的にもうつ病は増える傾向にある。今回の成果は、医師の最終的な症状の判断を補う客観的な検査法の開発に道を開くと期待される。

研究グループは、広島大学大学院医系科学研究科の岡田剛准教授、岡本泰昌教授と国際電気通信基礎技術研究所(ATR)脳情報通信総合研究所の川人光男所長、酒井雄希主任研究員と、ATR発ベンチャー企業XNefのメンバーで構成し、論文は国際学術誌「ジャーナル・オブ・アフェクティブ・ディスオーダーズ」に掲載された。

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    今回の研究の概念図。fMRIで10分間、患者の安静時の画像を撮影する(記者説明会資料から、広島大学やATRなどの研究グループ提供)

岡田准教授ら広島大学やATRなどの研究グループは、脳の膨大な神経回路を379の領域に分け、これらの領域が相互に作用する脳神経回路のパターンを研究し、うつ病患者に特徴的な脳回路パターン(脳回路マーカー)をAIにより特定。研究成果を2020年に発表している。

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    世界的に増えているうつ病の病態(記者説明会資料から、広島大学やATR などの研究グループ提供)

研究グループは今回、脳血流などを調べるのに有効な「機能的磁気共鳴画像法」(fMRI)を活用し、うつ病と既に診断されている患者47人と健常者39人を対象に10分間安静にした時の画像を撮影した。そして撮影中に体の動きが大きかった画像を除外し、患者43人、健常者33人の画像を脳回路マーカーを使ってAIに解析させた。

その結果、AIは患者の72.1%をうつ病患者と正しく診断。健常者の66.7%を健常者と正しく診断した。患者を患者として、また健常者を健常者とそれぞれ見分ける精度は全体で69.7%に上るというデータが得られたという。

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    うつ病脳回路マーカーの性能の検証(広島大学やATR などの研究グループ提供)

厚生労働省によると、日本のうつ病や躁鬱(そううつ)病などの気分障害の患者は2017年時点で127万人を超え、その数は増え続けているとみられている。世界保健機関(WHO)は同年、うつ病に苦しむ人は世界で3億2200万人に上るとする報告書を公表。その中で、多くの人は正しい診断や適切な治療を受けられていないと指摘している。

研究グループによると、「精神障害の診断・統計マニュアル第5版」記載のうつ病の診断基準は、抑うつ気分、興味や喜びの喪失、不眠や過眠、体重減少・増加と食欲の減退と増加など9つの症状を評価。5つ以上の症状が2週間続き、症状のうち少なくとも1つは抑うつ気分か興味や喜びの喪失を伴うこと、としている。

現在うつ病の診断は多くの場合、医師が来診者の症状を問診して診断基準と照合。さらに心理テストでうつ症状の程度を調べるなどして確定診断している。しかし客観的な生物学的検査法はまだない。研究グループによると、精神科医師の診断能力に関する論文はないが、一般の医師がうつ病をうつ病と正しく診断する率(感度)は50.1%とする論文が2009年に医学誌に発表されている。

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    現在のうつ病の基本的な診断の流れ(記者説明会資料から、広島大学やATRなどの研究グループ提供)

研究グループは「今後研究が進めば、10分間の画像撮影がうつ病の診断や治療法の選択に多くの有用な情報をもたらすことができるようになると期待している」とコメント。また岡田准教授は「客観的な手法に基づかない診断を心許ないと思う患者や家族が安心して治療を受けられるような手法にしたい」と話している。

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    現在のうつ病の基本的な診断の流れ(記者説明会資料から、広島大学やATRなどの研究グループ提供)

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