九州大学(九大)は2022年2月8日、大手商社の双日と「大気からCO2を直接回収するDAC(Direct Air Capture)技術の実用化・事業化の推進を図る覚書を締結した」と発表し注目を集めた。九大と双日は「持続可能な社会の実現に向けて、DAC技術の実用化技術を活用して地球環境でのカーボンニュートラル推進を図る」と宣言したのである。
このDAC技術の実用化を推進している九大の中心人物が、九大カーボンニュートラル・エネルギー国際研究所(I2CNER)(注1)の藤川茂紀 主幹教授(図1)である。
注1:九大のカーボンニュートラル・エネルギー国際研究所(I2CNER)は、文部科学省が進める世界トップレベル研究拠点プログラム(WPI)の1つとして研究開発環境を整備している研究大学の“看板”研究所である
藤川主幹教授は元々、地球の温暖化を止めるために、脱CO2を実現させる研究開発を進めてきた。そして、この脱CO2の研究開発を加速させた契機は、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)が内閣府から任された「ムーンショット目標4 2050年までに、地球環境再生に向けた持続可能な資源循環を実現」を達成する研究開発を委託されたことだった(注2)。NEDOは2020年8月に、ムーンショット目標4を実現する研究開発者の1人として、「“ビヨンド・ゼロ”社会実現に向けたCO2循環システムの研究開発」を提案した九大の藤川主幹教授をチームリーダーとして採択したのである。
注2:NEDOは「2050年までに、地球環境再生に向けた持続可能な資源循環を実現」するという開発目標の“ムーンショット型研究開発事業 目標4”を2022年度から始めている。この開発目標を達成させる研究開発テーマを公募し、その公募の中から有望と考えられる研究開発提案を採択し、それぞれの当該提案の研究開発を進めている最中だ。2023年1月17日と18日の2日間にわたって、NEDOは「ムーンショット型研究開発事業 2022年度成果報告会」を東京都中央区で開催し、各提案の研究開発成果の進み具合を公表した
この当該研究開発テーマの採択を契機に、藤川主幹教授は大気中のCO2を直接回収するDAC技術の研究開発を進め、大気からCO2回収を可能とする分離膜の研究開発を加速させた。この研究開発を進める中で、その研究成果の一例として「厚みが約30nmという極めて薄い分離膜(基本材料はシリコーン系PDMS、厚さ34nmなど)を作製し、CO2を選択的に透過させることに成功した」と、2022年2月に公表している。この分離膜は支持ナノ膜とCO2などの選択膜の2層構造などを基本に、様々な構造を用意している模様だ(2層以上の多層膜も想定範囲の模様)。この機能膜は、九大にルーツを持つベンチャー企業のナノメンブレン(福岡市)とも協力して実用化を図っている。
また各大学の有力な研究者とチームを組んで、当該研究開発テーマの実用化を進めている。例えば、「共同研究開発者の1人である九大の山内美穂 教授は、通過したCO2をCH4(メタン)に変換する研究開発を進めている」という。このように「CO2を単純に透過させるのではなく、還元反応を加えるなどの実用化面での利点が大きい分離膜も想定して多様な開発を進めている」と説明する。
この高いCO2透過能を持つ分離膜を利用した小型のDACシステム(模式図、図2)を開発中だ。
「事業化時の目標としては冷蔵庫やエアコンディショナー程度の大きさの小型機器を実用化したい」と、藤川主幹教授は語る。小型化できれば、地域の小型分散システムとして事業化できる可能性が高まるからだ。さらに、「小型のDACシステムに電気化学的な工夫や熱化学的な工夫を加えることができれば、一層使いやすい機器に仕上げられる」と説明する。その目指す小型のDACシステムの構想図も明らかにしている(図3)。
また九大の知財特区委員会を通して、「DACシステムなどの研究開発成果関連の国内・国際特許を出願し、その知財パッケージも設けつつある」という。将来の事業化をにらんだ布石である。