イーロン・マスク氏率いる宇宙企業スペースXは2023年2月10日、開発中の巨大ロケット「スターシップ」のブースター、「スーパー・ヘヴィ」の燃焼試験を実施した。

スーパー・ヘヴィには33基ものロケットエンジンが装備されており、すべてを一斉に噴射するのは初めて。2基のエンジンが停止し、実際には31基での試験となったものの、打ち上げには問題ないとした。

これにより、スーパー・ヘヴィと、搭載する宇宙船「スターシップ」の開発は大きな山場を超えた。スペースXは、早ければ3月にも初の軌道への試験打ち上げに挑むことを計画している。

  • スーパー・ヘヴィに装備された33基のラプター・エンジンが燃焼する様子

    スーパー・ヘヴィに装備された33基のラプター・エンジンが燃焼する様子 (C) SpaceX

スターシップとスーパー・ヘヴィ、そしてラプター・エンジン

スターシップ(Starship)は、スペースXが開発中の、巨大なロケットと宇宙船からなる打ち上げシステムである。

全長120m、直径は9mで、これまでに開発されたロケットの中で最も強力な打ち上げ能力をもち、地球低軌道に150t以上の衛星や物資を運ぶことができる。これにより、一度に大量の衛星を打ち上げたり、有人月探査や人類の火星への移住を実現したりすることが期待されている。

機体は2段式で、1段目のブースターが「スーパー・ヘヴィ(Super heavy)」、2段目の宇宙船が「スターシップ」と呼ばれ、これらをまとめて「スターシップ・ローンチ・システム」、あるいは単に「スターシップ」と呼ばれる。

スーパー・ヘヴィもスターシップも完全な再使用が可能で、打ち上げコストの低減を図っている。マスク氏はかつて、「1回あたりの打ち上げコストは約100万ドルを目指す」と発言しており、実現すれば現行のロケットの約100分の1のコストになり、ロケット業界にとってゲーム・チェンジャーとなる可能性を秘めている。

スペースXは現在、テキサス州のボカ・チカに構えた施設で開発や試験を実施。これまでに、スターシップの試作機による高度約10kmまでの飛行と着陸試験に成功しているほか、スーパー・ヘヴィも地上での試験が続いている。

同機にとって最大の肝となるのが、スーパー・ヘヴィとスターシップの両方に装備される「ラプター(Raptor)」ロケットエンジンである。ラプターは燃料に経済性や入手性に優れた液化メタンを採用するとともに、複雑ながら最高の効率が得られる「フル・フロウ二段燃焼サイクル(Full-flow staged combustion)」という技術も採用している。

ただ、メタンを使ったエンジンも、フル・フロウ二段燃焼サイクルのエンジンもこれまでに実用化されたことはなく、くわえて高い性能を狙ったこともあり、その開発は難航。昨年2月の時点でも、燃焼室が溶けるという問題を抱えていたほどだった。

さらに、スーパー・ヘヴィにはラプターを33基も装備し、その合計推力は75.9MNにも達する。古今東西、これほど多くのエンジンを装備したロケットも、推力を叩き出したロケットもない。最も近いのはかつてソビエト連邦が開発した「N1」で、第1段に30基のエンジンを装備していたが、その推力はスーパー・ヘヴィには遠く及ばない。「サターンV」や「スペース・ローンチ・システム」と比べても、推力は約2倍の値である。

さらに、それだけの数のエンジンを噴射して飛ぶこともさることながら、量産することも、ロケットに組み付けることも、そして試験を行うことも一苦労となる。スペースXのグウィン・ショットウェル社長は「33基のエンジンを噴射する試験において、成功の定義は『発射台を破壊しないこと』です」と語っている。

スペースXはこれまでに、エンジン単体での燃焼試験に始まり、スターシップやスーパー・ヘヴィの試作機に数基のみ取り付けての燃焼試験などを経て、今年1月24日にはスターシップとスーパー・ヘヴィを結合させた状態で推進剤を満タンにする試験を実施。33基での燃焼試験に向けて着実に準備を整えていった。

  • スーパー・ヘヴィに装備された33基のラプター・エンジン

    スーパー・ヘヴィに装備された33基のラプター・エンジン (C) SpaceX

スーパー・ヘヴィの燃焼試験が完了

そして日本時間2023年2月10日6時15分ごろ(米中部標準時9日15時15分ごろ)、スーパー・ヘヴィの試験機は、初めて33基のラプターを一斉に噴射する燃焼試験を実施。燃焼時間は5~7秒間で、試験は無事に完了した。

試験後、マスク氏は、エンジンのうち1基は点火前にエンジニアが手動で停止、もう1基は自動で停止したとし、実際に燃焼したのは31基だったとした。前者はおそらく直前になんらかの異常が見つかったものとみられ、後者も異常を検知したコンピューターによって止められたものとみられる。

もっとも、旅客機がいわゆる片肺飛行ができるように、スーパー・ヘヴィもエンジンが数基止まっても、他のエンジンをより長く燃焼するなどして飛行を継続することが可能となっている。そのためマスク氏は「31基でも軌道に到達するには十分」とし、試験は成功という見方を示している。

  • スーパー・ヘヴィの燃焼試験の様子

    スーパー・ヘヴィの燃焼試験の様子 (C) SpaceX

これに対し、かつて米国航空宇宙局(NASA)でスペースシャトル計画の責任者を務めたウェイン・ヘイル氏は、「ロケット屋として古い考えかも知れないが」と前置きしたうえで、「今回のスーパー・ヘヴィの試験は、推進剤は満タンではなく、エンジンのうち2基は動かなかった。たしかに多くのことを学べただろうが、『成功』と呼べるだろうか」と疑問を投げかけている。

一方で、スペースXは楽観的だ。ショットウェル社長は試験前、「燃焼試験が良好な結果に終われば、早ければ今年3月にも軌道への打ち上げを行うことができるでしょう」と語っている。

スペースXによると、スターシップの軌道試験飛行はまず、ボカ・チカからの打ち上げに始まり、燃焼を終えたスーパー・ヘヴィはテキサス沖のメキシコ湾に着水。スターシップは軌道に乗り、地球を約1周した後、大気圏に再突入し、そしてハワイ近くの太平洋の海上で着水するとしている。あくまで打ち上げと再突入能力の試験であり、着陸施設への着陸や回収は行わないという。

マスク氏は今週はじめ、軌道試験飛行について、「成功は確実ではありませんが、興奮は保証されています」と冗談交じりに語っている。

また、今回の試験後には「いつか、スターシップは私たちを火星に連れて行くことでしょう」としたうえで、「それが実現するのはいまから5年後、あるいは10年後のことでしょう」ともコメントしている。

「私は先天的に楽観的であることは認めざるを得ません。ですが、楽天的だったからこそ、スペースXやテスラの成功があるのです」。

  • スターシップの打ち上げの想像図

    スターシップの打ち上げの想像図 (C) SpaceX

参考文献

Starship 33 Engine Static Fire - YouTube
SpaceX - Starship
SpaceX(@SpaceX)さん / Twitter
Elon Musk(@elonmusk)さん / Twitter