北海道大学(北大)は2月9日、魚のふ化放流は多くの場合で放流対象種を増やす効果はなく、逆にその種を含む生物群集を減らすことを明らかにしたと発表した。
同成果は、北大大学院 地球環境科学研究院の先崎理之助教、米・ノースカロライナ大学グリーンズボロ校の照井慧助教、北海道立 総合研究機構の卜部浩一研究主幹、国立極地研究所の西沢文吾氏(研究当時)らの研究チームによるもの。詳細は、米科学雑誌「米科学アカデミー紀要(PNAS)」に掲載された。
人工的に繁殖させた動植物を自然界に放ち、その種の個体数を増やす試みは、世界中で以前から行われている。日本においてその代表例として知られるのが、漁業におけるサケマスのふ化放流だ。現在では、毎年約20億匹もの稚幼魚が放流されているという。
こうした放流は一般的に、漁獲高を増やし経済的利益をもたらすと考えられているために行われている。しかし一方で、野生集団における有害遺伝子の蓄積など、その悪影響も懸念されている。
また、生態系にはさまざまな種が存在し、食物を巡る競争などによって互いに影響を与えながら、絶妙なバランスで共存が維持されている。1つの河川に膨大な数の稚魚を放流するということは、このような生態系のバランスを崩し、生物群集全体の衰退につながる危険性も孕んでいる。放流が行われるようになって久しいが、生物群集全体に対して長期的にどのような影響を及ぼすのかは、これまで調べられてこなかったという。
そこで研究チームは今回、シミュレーションによる理論分析と全道の保護水面河川における過去21年の魚類群集データによる実証分析を行い、放流が河川の魚類群集に与える長期的影響を検証したとする。
まず理論分析では、放流対象種1種とその他9種の合計10種から成る魚類群集について、放流対象種の生態的特性および環境収容力が異なる32パターンのシナリオが準備された。そして各シナリオについて、毎年放流を行った場合に、その密度(魚類群集全体・放流対象種・他種)および種数がどのように応答するのかが調べられた。
次に実証分析では、1999~2019年に北海道立総合研究機構が北海道全域の保護水面河川で定量的手法により取得した、魚類群集の長期データが用いられた。これらの河川では、サクラマスが1年あたり0匹から最大24万匹まで放流されている。研究チームは統計モデルを用いて、放流数に応じて密度(魚類群集全体・サクラマス・他種)および種数がどのように変化するのかが推定された。