宇宙航空研究開発機構(JAXA)は2月3日、宇宙開発利用部会の調査・安全小委員会にて、イプシロン6号機打ち上げ失敗の原因調査状況について報告した。問題の発生場所についてはすでに「パイロ弁」と「ダイアフラム」の2カ所に絞られていたが、追加試験等を行い検証した結果、ダイアフラム側が原因であったことを突き止めたという。
意外な現象が解明の手がかりに
2022年10月12日に打ち上げたイプシロン6号機は、2系統ある第2段RCSの片側で異常が発生、機体の姿勢を正常に制御できなくなり、衛星の軌道投入に失敗していた。フライト時のデータからは、スラスタに燃料が届いていなかったことが分かっており、どこで詰まってしまったのか、これまで調査が進められてきた。
前回の調査では、パイロ弁の点火時に下流配管圧力が1ビット分だけ上昇していたことに注目。この僅かな圧力上昇のためには、液体やガスが数ccほど流入する必要があり、この原因として、以下の2つの故障シナリオが推定されていた。
- パイロ弁の点火時、仕切り板が打ち抜かれず、その僅かな隙間から流入
- 燃料タンクの出口側にダイアフラムが引き込まれて閉塞し、その瞬間に流入
JAXAが今回、注目したのは、閉塞後の下流配管圧力の挙動だ(下図の区間C)。ここでは、噴射のためにスラスタ側の推薬弁が開いたのだが、なぜか圧力が完全に抜けきらず、一定の圧力(0.022MPa=2ビット分)が保持されていた。上流側が閉塞しているので、普通であれば、機体の外側の真空圧まで低下するはずである。
この現象を調べるため、JAXAは実機の配管を模擬し、圧力がどうなるのか試験を行った。その結果、配管内部に窒素ガスや空気を入れたケースでは真空圧まで低下したものの、燃料であるヒドラジンを加えたケースでは、一定の圧力を保持することが分かった。RCSはスラスタの触媒でヒドラジンをガス化し、その噴射により推力を発生させるものなので、その反応によるものと考えられる。
上記のシナリオ1では、火工品の燃焼ガスが流入した可能性が想定されていたが、ガスではこの区間Cの挙動を説明できない。一方、仕切り板の隙間から燃料が流出した可能性もあったが、この隙間は数msオーダーですぐ閉じるため、その瞬間に流出する燃料は0.001ccオーダーしかなく、1ビット分の圧力上昇と整合しない。
また同時に進めていたパイロ弁のFTA(故障の木解析)調査では、バルブ本体の製造不良のみが可能性として残っていたが、問題は無かったと判断。これらの結果から、JAXAはパイロ弁を要因から排除、正常に動作していたと結論付けた。
ダイアフラムで何が起きたのか
ダイアフラム側の問題だったと特定できたことは大きな前進であるが、ではどうして閉塞が発生したのかという具体的なプロセスについては、まだあまり分かっていない。ただ、これについてもJAXAは追加の試験などを実施。より詳しい状況が見えつつある。
ダイアフラムは、燃料タンク内の液体(燃料)と気体(加圧ガス)を分離しておくための樹脂製の膜である。ここで疑われているのは、ダイアフラムが燃料の出口側に張り付き、その状態でパイロ弁が開いたために、出口が閉塞して燃料が供給されなかった、というケースだ。
まず、こういった閉塞が本当に起きる可能性があるのかどうか、タンク、パイロ弁、配管等を模擬し、試験を行った。
1つめのケースでは、燃料タンクを縦置きにし、底にダイアフラムの断片を置いた。実機の燃料タンクは横置きなので状態が違うが、このテストはダイアフラム表面のリブの影響を確認するためだったという。リブは経線上に設けられた突起。表面に凹凸を作ることで、タンク内面にぴったり張り付くことを防ぐ役割がある。
試験では、配管の中心にリブが来ていたときには閉塞は起きなかったが、ずらして置いたときには閉塞が発生した。
そして2つめのケースでは、燃料タンクを実機同様に横置きにし、実機サイズのダイアフラムで試験を行った。ここでは、2種類のダイアフラムを使用し(ケース2a/2b、ケース2c/2d)、燃料を模擬した水の充填量を変えながら確認。結果、どちらのダイアフラムでも、充填量が少ないときに閉塞が発生した。
液体の種類や充填量などは実機と条件が異なるものの、閉塞の瞬間に配管からは3~11ccの水が採取されており、これは、実機で計測された1ビット分の圧力上昇と整合する結果だと言える(充填量が少ないのは、実機はフライト中の加速によって下側に偏るため、この影響分を考慮したのだろう)。
ダイアフラムによる閉塞が発生するためには、パイロ弁を開くときに、ダイアフラムが出口側に接触している必要がある。この原因としては、加速度による変形、振動や衝撃による変形、脱落、破断、シール部からの漏洩などが考えられる。まだ特定はできていないものの、JAXAは様々な検証試験を追加で行ったという。
1つ気になるのは、開発時の試験で使用した燃料タンクを検証した結果だ。それによると、圧力を加えたダイアフラムは部分的に塑性変形していた(伸びていた)という。さらに、ヒドラジンに接触すると柔らかくなって変形しやすくなる可能性もあり、今後、そういった影響などについて調べていく予定だ。
他のロケットへの影響について
当初、原因としてパイロ弁も疑われていたため、H3ロケット初号機では設計変更を行い、パイロ弁の交換を行っていた。今回、ダイアフラムが原因と特定できたことで、結果的に、この交換は不要だったことが分かったものの、打ち上げが近いこともあり、元に戻すことはしない。2号機以降でどうするかは、今後検討するという。
また、2023年度~2024年度の打ち上げが予定されている後継ロケット・イプシロンSについては、燃料タンクを流用する計画だったため、設計の変更が必要になる。こういった対策については、次回(2月~3月に開催予定)以降に説明されるとのことだ。