科学技術振興機構(JST)は1月30日、JST理事長記者会見を開催し、その冒頭に橋本和仁理事長(図1)が「文部科学省(文科省)が提出していた令和4年度2次補正予算の内、『革新的GX技術創出事業』の基金として5年度分の497億円が決まった」と公表した。
「革新的GX技術創出事業(GteX)」は、「2050年カーボンニュートラル」として政府が掲げている、温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする目標の実現に向け、文科省とJSTが開始するイノベーション創出に向けた研究開発事業となる。
文科省がこの革新的GX技術創出事業を設けた背景は、経済産業省(経産省)が「グリーンイノベーション基金」を、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)に創設し、そのNEDOが2021年4月ごろから地球環境を維持する産業技術などの研究開発と事業化を進めていることがある(当該事業の予算と実施者選定過程などによって開始時期はそれぞれ異なっている)。
経産省・NEDOが実施しているグリーンイノベーション基金事業に対して、文科省・JST側は大学と国立研究開発機関の研究開発能力の学術研究の総力を挙げて「日本の産業界のグリーンイノベーション研究開発・事業化を学術面から支援するために研究基盤の強化と人材育成」を図る模様だ(まだ具体案は審議中)。
事業の構想としては「環境負荷が小さく、飛躍的高性能な革新的電池(電力貯蔵技術)」「水素機能の本質理解に基づく水素イノベーション(水素変換技術)」「未知の代謝経路解明による新たなバイオ生産技術(バイオ生産技術)」の3テーマを実施する模様だ(まだ審議中)。こうした3テーマに対して、各年度ごとに約100億円を5年間投入する計画を進めている。各目標に対して、それぞれステージゲートを設ける予定のようだ。
橋本理事長は「日本国内の大学と国立研究開発機関の当該研究者がワンチームになって、この当該事業を推進し、日本の研究開発力を示す」と語った。
同会見では、文科省系の大型研究開発事業としては「ALCA(先端的低炭素化技術開発)」事業が2011年度より進められてきたことを、前例として続いて解説した。同事業においては、「蓄電デバイス」や「太陽電池および太陽エネルギー利用システム」など9テーマを9つのチームで研究開発してきたことが解説された。中でも、比較的順調に研究開発成果が得られたと考えられている次世代蓄電池の研究開発チームの実態を、物質・材料研究機構(NIMS)の魚崎浩平フェローが解説した話が示唆に富んでいた。魚崎フェローは次世代蓄電池のテーマの研究開発の研究総括・運営総括(PO)を務めた人物である。
2013年4月から事実上始まった次世代蓄電池のテーマの研究開発では、全固体電池や金蔵-空気電池などを研究開発するチームが4チーム組織された。正確には、2013年4月に研究開発テーマを公募し、6月に提案されたテーマの中から優れたものを採択し、担当研究者を選び出し、同年9月から事実上の研究開発が始まった。
「この次世代蓄電池テーマの研究開発成果の大きな成果は文科省系から経産省系に人材移転が起こったことだ」と、魚崎フェローは解説する。経産省側のNEDOが並行して、先進・革新蓄電池材料評価技術開発の第1期から第2期に移行する時点で、文科省系の次世代蓄電池のテーマの研究開発チームから大学教授などの研究者が、NEDOの先進・革新蓄電池材料評価技術開発の第2期を推進する研究開発者として移籍した。これまでは、研究開発成果の受け渡しはあったが、研究開発人材の移転はほとんどないのが実情だった。この時は十数人ほどが移籍したという。
このJST側の研究開発体制側から、NEDO側の研究開発テーマの開発担当者として、人材移転(移籍)を起こしたいという狙いが、今回の「革新的CX技術創出事業」には含まれていると推定できる。
日本の大学・大学院・公的研究開発機関の研究者は基礎・基盤研究では研究成果を上げているものの、最近の日本企業の新規事業の立ち上げには、あまり貢献していないというイメージがある。2050年までの“カーボンニュートラル”実現を達成する各新規事業の基盤を、日本の大学・公的研究開発機関の研究者が“実力”で貢献したいという意図が、今回成立した「革新的GX技術創出事業」には含まれていると推察できるだろう。