京都大学(京大)は1月23日、時間が経過するにつれて空間が指数関数的に膨張する宇宙を表す、宇宙定数が正の場合のアインシュタイン方程式の代表的な解の「ドジッター宇宙」に対する「ホログラフィ原理」(dS/CFT)を考察した結果、3次元ドジッター宇宙における時間的な測地線の長さが、共形変換で不変となる量子物質理論の共形場理論における「擬エントロピー」という量の虚数部分に相当することを見出したと発表した。
同成果は、京大 基礎物理学研究所の瀧祐介大学院生、同・土井一輝大学院生、同・ Jonathan Harper研究員、同・Ali Mollabashi研究員、同・高柳匡教授らの研究チームによるもの。詳細は、米国物理学会が刊行する機関学術誌「Physical Review Letters」に掲載された。
ホログラフィ原理とは、ある宇宙の重力理論は、その宇宙の端に仮想的に存在する量子物質の理論(共形場理論)と、理論としては同一であるというものだ。ではドジッター宇宙の端はどこにあるかというと、無限の未来になる。そしてそこに量子物質があるということは、量子物質は時間のない空間的な世界に存在することを意味するという。したがってホログラフィ原理では、空間的世界に置かれた量子物質から時間軸が創発することになる。
研究チームは今回、この時間軸の創発について量子情報理論的な観点から理解を深めるため、米・シカゴ大学の笠真生准教授と、高柳教授が2006年に提唱した「ホログラフィック・エンタングルメントエントロピー(EE)の公式」を、ドジッター宇宙へ拡張することにしたとする(EEとは量子もつれの強さを測る量を指す)。また、この解析と数理的な構造が類似している「時間的なEE」を導入し、その性質をホログラフィと場の量子論の双方から研究したという。
宇宙定数が負の「反ドジッター宇宙」のホログラフィ原理「AdS/CFT対応」は、"反ドジッター宇宙の重力理論が、量子臨界点に相当する共形場理論と等価になる"という対応関係を意味する。この時、量子物質において与えられた領域A(部分系A)が、反ドジッター宇宙のどの部分領域に対応するかを理解することが重要だ。その際に具体的な量として、領域Aに含まれる情報量であるEEに着目する必要があるという。共形場理論のEEは、AdS/CFT対応を用いると、領域Aを取り囲む、反ドジッター宇宙における極小曲面の面積を重力定数の4倍で割った量で与えられる(ホログラフィックEEの公式より)。
一方で、ドジッター宇宙に対して同公式を適用した場合は、極小曲面が時間的になることから、得られるエントロピーが複素数になる。しかしEEは必ず非負の実数値を取ることなどから、dS/CFT対応では、極小曲面の面積はEEではなく、EEを一般化した量に相当する擬エントロピーであることがわかるという。
EEは与えられた1つの量子状態に対して定義される量だが、擬エントロピーは2つの異なる量子状態に対して定義され、始状態を終状態に射影測定する過程を念頭に置いてEEを一般化した量だという。なお、AdS/CFT対応を用いると、擬エントロピーは虚時間で発展する反ドジッター宇宙の極小曲面の面積に等しいという、ホログラフィックEEの公式の一般化が得られるともする。