アストロスケールは1月12日、都内で記者会見を開催し、同社の事業について最新状況を説明した。同社はスペースデブリ(宇宙ゴミ)の除去を目指し、2013年に創業。この10年で2機の衛星を打ち上げ、軌道上実証ができるまで成長したが、次の10年は衛星を量産し、いよいよ本格的に軌道上サービスを展開するフェーズになる。
深刻さを増すスペースデブリの脅威
スペースデブリは近年、その数を大幅に増やしている。スペースデブリの問題が厄介なのは、数が増えれば増えるほど衝突の頻度も増え、それによって増加のペースが加速されてしまうということだ。何もしなければどんどん状況が悪化するのは確実で、このまま問題を放置すると、持続的な宇宙利用が不可能になる恐れすらある。
スペースデブリの元になるのは、衛星やロケット上段などだ。しかし近年、大規模な衛星コンステレーションの登場や、宇宙に参加する国や民間企業の増加などで、軌道上の物体の数そのものが大幅に増えつつある。今後もこの傾向は続くと予想されており、スペースデブリのさらなる増加が懸念されているところだ。
気になるのは、ニアミス回数の増加である。低軌道の衛星と他物体が1km以内まで接近した回数を集計したデータによれば、ほんの数年前までは月間2,000回程度だったのに対し、2021年には3倍となる月間6,000回程度にまで急激に増加。スペースデブリの問題は、現実的な脅威として深刻さを増している状況だ。
同社創業者兼CEOの岡田光信氏は、これら問題の根本的な原因として、「バリューチェーンの短さ」をあげる。「自動車などにはアフターサービスがあるが、宇宙業界は使い捨て文化だった。リユース、リサイクル、リペア、リフューエルなど、“リ”が付くものが全部無い。我々はここを埋めることで、宇宙を持続利用可能にしたい」と述べる。
創業時には否定的な意見を言われることも多かったそうだが、世界的にスペースデブリの認識が高まってくるにつれ、風向きは変わってきた。たった1人で始めた会社も、すでに390名まで増えた。世界6カ所に拠点を持ち、3分の2ほどが外国人だという。最初の衛星の打ち上げ失敗もあったが、資金調達は順調に進み、累計は334億円となった。
市場へのインパクトが大きかったのは、米国の連邦通信委員会(FCC)がいわゆる25年ルールを見直し、期間を5年に短縮したことだ。今後は、役目を終えた衛星は5年以内に軌道を離脱させる必要があり、同社のビジネスにとっては大きな追い風になる。「3年前まで売り上げはあまり無かったが、グッと上がりつつある」と、手応えを述べる。
今後数年内に衛星を続々と打ち上げ予定
スペースデブリの増加を抑えるため、同社が取り組んでいるのは以下の4つの軌道上サービスだ。
- 「EOL」(End-of-Life)
- 「ADR」(Active Debris Removal)
- 「LEX」(Life Extension)
- 「ISSA」(In-situ SSA)
EOLは、運用を終えた衛星を軌道から除去するというサービス。衛星の捕獲は技術的な難易度が高いが、このサービスでは、同社が提供するドッキングプレートを事前に衛星へ搭載してもらう。もし不具合などで軌道上の衛星が制御できなくなっても、ドッキングプレートがあれば捕獲し、離脱させやすいというわけだ。すでにOneWebが契約している。
このコア技術を軌道上で実証するため、2021年3月に打ち上げたのが「ELSA-d」だ。模擬デブリとなる子機を軌道上で分離し、段階的に捕獲実験を実施。これまで、最大1700km離れた位置から接近させ、捕獲することに成功したという。今後、2024年末には、衛星1機で3個のデブリを除去できる「ELSA-M」を打ち上げる計画だ。
一方ADRは、既存の大型デブリを除去するというサービスである。これについては、宇宙航空研究開発機構(JAXA)のプロジェクトとして、実証衛星「ADRAS-J」を開発。2022年度中の打ち上げを予定している。この衛星では、まだ実際に捕獲までは行わないものの、軌道上のH-IIAロケット上段に接近し、観測を行う計画だ。
そして2025年には、H-IIAロケット上段を実際に捕獲し、軌道上から除去する衛星として、「ADRAS-J2」を打ち上げる。またADRサービスについては、英国向けの「ADRAS-UK」もあり、こちらも2025年の打ち上げを計画している。
LEXは、静止衛星の寿命を延長するサービス。静止衛星はその位置を維持するために燃料が必要で、燃料が尽きれば、まだ本体が稼働可能であっても、破棄されてしまう。このサービスでは、顧客の静止衛星にLEX衛星をドッキングさせ、軌道制御を代行する形を想定しており、2025年に「LEXI-P」を打ち上げることを目指す。
EOLやADRとは毛色が違うように見えるかもしれないが、「接近して捕獲する」という技術は近く、また寿命を延長できればスペースデブリの低減にもつながる。LEXで必要なドッキング技術についてはイスラエルの企業をIPごと買収しており、同社のイスラエル支社を中心に技術開発が進められている。
最後のISSAは、衛星の観測や点検を行うというサービスだ。衛星に不具合が発生したとき、その原因はテレメトリデータから推測するしかないが、情報が限られており、難航する場合もある。また通信が途絶した場合などは、さらに原因の特定が難しい。衛星に接近し、その様子を外部から観測することで、原因が分かる可能性がある。
このように、同社のビジネスは今後、大きく拡大していくが、そのすべてに共通する基盤技術を実証したのが前述のELSA-dである。やはり実際に軌道上で運用した経験は大きかったようで、岡田氏は「運用は本当に難しかった。安全性はさまざまな可能性を考えて設計したが、実際のラーニングは、かなり運用にあった」と振り返った。
同社は技術の自社開発を戦略の1つの柱にしているが、実は岡田氏は創業当時、「ファブレスでアウトソースしても良いかと思っていた」という。しかしSpaceXから招待されて工場を見学したとき、「インハウスで技術を作らないとイノベーションは起こせない」と言われたことで、「腹をくくった」そうだ。
本社を移転、見学エリアもオープン
さらに開発を加速し、社員の増加に対応するため、同社は2023年5月に本社を移転する予定だ。移転先は東京都墨田区の「ヒューリック錦糸町コラボツリー」で、ビルの3フロアを使用。1Fのクリーンルームは515平方メートルという広さを持ち、500kg衛星を4機同時に製造可能になるという。
そのほか、2Fにはミッション管制室と一般向けの見学エリア、3Fには社員数200名以上を想定したオフィスエリアを設ける。見学エリアについては、さまざまなコンテンツを用意し、初夏のオープンを予定しているそうだ。
なお、記者会見の会場には、ADRAS-Jの3分の1スケールの模型が展示されていたので、最後にこの写真も紹介しておきたい。前述のように、まだスペースデブリを捕獲して除去するわけではないものの、軌道上を漂っているロケット上段がどのような状態になっているのか、非常に興味深いところだ。
2022年の7月と11月には、過去に打ち上げたH-IIAロケットの一部の破砕が原因と推測されるスペースデブリの発生もあった。ADRAS-Jはまだ観測するだけだが、画像だけであっても、得られる知見は多いだろう。成果に期待したい。