2022年6月、東日本電信電話(以下、NTT東日本)の代表取締役社長に澁谷直樹氏が就任した(就任時の会見の模様はこちら)。
澁谷氏は1985年に京都大学工学部を卒業すると日本電信電話(NTT)へ入社、2010年からNTT東日本の福島支店長を務め、2011年に発生した東日本大震災からの復興にも尽力した。NTT東日本副社長を務めた経験も持ち、2020年6月からNTTの副社長として活躍していたが、約2年ぶりにNTT東日本へ戻り同社を統率することとなった。
今回、同氏にNTT東日本の社長に就任してからの半年間を振り返ってもらうとともに、2023年の抱負をうかがった。
澁谷社長が掲げる新ビジョン「地域の未来を支えるソーシャルイノベーション」
澁谷氏がNTT東日本の社長就任に関する話を聞いたのは、2021年末のことだという。澤田純氏(当時のNTT社長)および島田明氏(当時のNTT副社長)と3者で昼食を兼ねた打ち合わせに臨んでいた際の出来事だ。
澤田氏から「社長の座を退こうと思う」との発言があり、続けて、島田氏を後任のNTT社長に、そして澁谷氏をNTT東日本の新社長に指名委員会で推薦したいという旨が伝えられたそうだ。澁谷氏は当時の心境について、「NTTの副社長に就任してまだ2年だったので、正直に言うと驚いた。一方で、古巣でもあるNTT東日本のことをもちろん愛しているし、地域社会に向き合って現地の方々の役に立てる事業をNTT東日本で進めるためにも、社長を任せてもらえるのはこの上ない喜びだった」と振り返る。
NTT東日本は2015年に光回線の卸売りサービス(サービス卸)の提供を開始すると、以降は地域社会の課題解決に寄与する企業として歩み始めた。澁谷氏は同社がこれまで150年以上守ってきた「つなぐ使命」をさらに進化させて、社会を支える企業としての立場をさらに強固にするべく、社長としての挑戦を開始したとのことだ。
澁谷氏は社長に就任すると、「地域の未来を支えるソーシャルイノベーション」をビジョンに掲げた。これには、地域の課題解決を超えて、さらなる価値創造に挑戦しようという意志を込めている。
「10年後に『NTT東日本はかつては通信の会社だったよね』と言われるくらいの大きな変化を遂げたい」と同氏は語る。
社長就任後は、この目標を社員に浸透させることを最優先してスケジュールを組んだそうだ。台本を自身で書き上げて4本の動画を作成したほか、社員と対話するためのキャラバンも開催した。こうした点から、澁谷氏の本気度がまさにうかがえる。
近年、NTT東日本はNTTアグリテクノロジーやNTT DXパートナー、NTTe-Sports、NTT ArtTechnologyなど、通信を軸としながら新たな事業領域に挑む子会社を設立した。このように新たな領域に手を伸ばす中で、現在澁谷氏は、専門性を伸ばすことに挑戦する社員や、新たな事業領域に能動的に挑戦する社員が適切に評価されるような制度の策定などに注力しているとのことだ。
NTT東日本がこれから遂げる進化の方向性は?
NTT東日本の営業といえば、地域に根差して寄り添うスタイルが強みだ。今後は、これを進化させて「共感型のDX(デジタルトランスフォーメーション)コンサルティング」を実現していく。
共感型のDXとは、解答を前提としてソリューションやサービスを売り込むのではなく、各地域に入り込んで、農業や漁業、伝統工芸、祭りなど、その土地ならではの魅力や価値に対して、デジタル技術でいかに新たな価値を創造するかを社員と住民が一緒に考えるやり方だ。つまり「答えありきではないDXを実現」するのだという。これまで培った地域密着型の営業をさらに進化させる方針である。
一方で、これまで各地の通信をつないできたエンジニアは現場力が強みだ。今後は、それを原動力として「フィールド実践型のエンジニアリング」を強化するという。これまでの同社のエンジニアは、効率よく短期間で光通信をつなぐ技術を磨いてきた。今後は次世代型の農業や防災、スマートインフラなど、その技術力をさらに進化させて発揮することを狙う。
「当社はコンサルティングファームのようにプレゼンで終わる営業をするのではなく、フィールド実践型で現場で一緒に汗を流すスタイルを磨きたい。その土地ならではの魅力を地域の方と共に作れたら」と澁谷氏は話す。
このように「現場」と「共感」にこだわる澁谷氏の姿勢には、2011年に発生した東日本大震災の経験が影響しているようだ。当時、澁谷氏は福島支店長を務めていたが、ネットワークやモバイル通信の復旧はもちろんのこと、医療システムのクラウド化や避難所の買い物支援、子ども達への絵本の読み聞かせに社員が一丸となって取り組むなど、震災からの復興をまさに現地で支えた。
澁谷氏は「被災した地域の方々に対してかわいそうと思う同情の気持ちで接しても、心を開いてもらえない。『大変でしたね』と寄り添いながら、『私たちも福島に住んでいて今はこんな思いで仕事をしています』と伝えることで心が通じた気がする」と当時を振り返っていた。社員が各地域に住み、現地の方と一緒に過ごしたり祭りに参加したりしながら、それぞれの地域の良さや価値を探す姿勢が大事なのだという。
地域の本当の魅力には現地の人もまだ気付いていない場合がある。だからこそ共感型の営業スタイルにこだわり、NTT東日本が持つ通信技術と地域の文化的資産や観光、芸術などを組み合わせて、地域の新しい価値を共に探したいのだそうだ。
2023年は“うさぎのように”跳躍する年に
2023年のNTT東日本は、大きく3つの事業領域で成長を目指す。まずは同社の中心的な事業である通信の領域だ。現在はデジタル庁などが主導して、自治体業務のセキュリティ強化やクラウド化が進められている。これに対応して高品質なネットワークとエンジニアリングを提供する。地域分散型のデータセンターと、それらのデータセンター間をつなぐネットワーク構築にも注力するという。
2つ目は通信を活用した周辺ビジネスの拡大だ。中小企業のDXを支援するソリューションや、SaaS(Software as a Service)ビジネスを支えるソリューションなどを提供する。その他にも、自治体向けに地域の防災力強化や自治体業務のDXを支えるビジネス領域で成長を狙う。
最後は、新たな領域での新事業創出である。スマートインフラや再生エネルギー、芸術、観光、陸上養殖、次世代施設園芸などにも挑戦する。なお、ここでもやはり地域密着型の営業スタイルを貫くようで、放棄された土地などを有効に活用できるような地域循環型の価値創造に挑むとのことだ。
このほどNTT東日本はバーチャルカンパニー制を開始したという。これは、それぞれの事業に個別の子会社が対応するのではなく、人材や設備などのアセットをグループ会社全体で共有しながら最適化し流動的に対応する仕組みだ。成長が見込める事業に対しては、グループ全体のリソースを注いで拡大を促す。
2023年は、澁谷氏の干支でもあるうさぎ年だ。「うさぎのように跳躍できる年にしたい」と、澁谷氏は今年の抱負を笑顔で語る。
「ここ数年で新たなグループ会社をたくさん作り、弾込めはできてきた。今年はインキュベーションからアクセラレーションにモードを切り替えてグループ全体で成長したい」(澁谷氏)