野球の投手が使う滑り止め剤の効果を初めて定量的に示した、と東北大学などの研究グループが発表した。米大リーグの公式球が日本のプロ野球のものより滑りやすいことなどを実証した。ボールの滑りやすさの議論は人の感覚に頼ってきたが、科学的に示したことで、滑りにくいボールや、良い滑り止め剤に関する認識が深まると期待されるという。

野球では投手が、ロジンと呼ばれる、炭酸マグネシウムと松やにを混ぜた滑り止め剤を指に着けることが認められている。しかしグリップ性やボールの回転数を上げるため、重量挙げで使われる強力な粘着物質などが不正に使われる例があり、問題視されているという。大リーグでは2021年6月に取り締まり強化に乗り出したものの、そもそも公式球が滑りやすく肘に負担がかかるとの指摘もある。ただ、滑りやすさや滑り止めの効果は主に投手の感覚に基づき、定量的に示されてはこなかった。

そこで研究グループは、大リーグ公式球の表面を覆う皮革と指先との間に生じる摩擦係数や、その影響を調べる実験を試みた。皮革を平らに展開し、力学センサーの上に固定。その上に被験者9人が指先を押しつけ、計測のモニターを見ながら一定の荷重を保つようにして、擦るように手前に引く。押しつけ荷重をさまざまに変え、摩擦係数を計測した。被験者には野球経験者2人が含まれたが、特に区別はしていないという。

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    実験の模様。ボール表面の皮革を平らに展開し、力学センサーの上に固定。指先を押しつけて手前に引いた。押しつけ荷重をさまざまに変え、摩擦係数を計測した(山口健・東北大学教授提供)

摩擦係数が大きければボールは滑りにくく、小さければ滑りやすい。ただし実際の投球では、摩擦係数が一定以上あれば滑らないので、値の差が必ずしも滑るか否かの違いを意味するとは限らない。

実験の結果、まず指先に何も着けないと、摩擦係数は指先が含む水分の増加と共に増大し、個人差が大きいことが分かった。投手の間で不公平な状態といえる。ここで言う水分とは指の表面が汗などで濡れた状態ではなく、指先自体のものを指す。ロジンを指先に着けると、摩擦係数の個人差や押し付け荷重による差が小さくなった。つまり、投手間の摩擦の差が小さく、投球がより安定することが示された。一方、禁止の粘着物質を着けると摩擦係数が平均50%以上大きくなり、特に指からボールが離れる直前に相当する、荷重が小さい時に著しく増大した。

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    実験結果。指先に何も着けないと滑りやすさの個人差が大きい(a、d)。ロジンはこれを抑える効果が大きい(b、e)。不正な粘着物質にも効果がある(c、f)ようだ(山口健・東北大学教授提供)

また、大リーグ公式球は日本プロ野球のものより摩擦係数が20%程度小さく、滑りやすいことが分かった。

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    ロジンや粘着物質にはボールを滑りにくくする効果がある。大リーグ(MLB)公式球は日本プロ野球(NPB)のものより滑りやすい。なお、縫い目の有無で傾向に大差はなかった(山口健・東北大学教授提供)

研究グループの東北大学大学院工学研究科の山口健教授(トライボロジー、摩擦学)は「今回の研究は違反物質の効果を強調するのが趣旨ではなく、新しいボールや滑り止め剤を導入せよと言いたいのでもない。バットやボールの反発係数はよく計測されているのに対し、指先のコンディションと摩擦の関係はこれまで感覚で語られてきた。摩擦係数という尺度により、指先の摩擦に関して投手間で公平な状況をどう作るのかなど、有効な議論ができるのでは」と述べている。トライボロジーは摩擦や摩耗など、相対運動をする2つの面の間に起こる現象を研究する分野。

今後は各種のボールや滑り止め剤が、球速やボール回転数、コントロールなどの投球のパフォーマンスに及ぼす影響を、実際の投球実験により検証するという。

研究グループは東北大学、NTTコミュニケーション科学基礎研究所、カナダ・KITE(カイト)リサーチインスティテュートで構成。成果は英材料科学誌「コミュニケーションズマテリアルズ」に先月15日に掲載された。