2022年からも明らかのように、現代の大国間対立に由来する紛争の主戦場は経済・貿易の領域である。トランプ政権以降の米中貿易戦争、そして緊張が高まる台湾情勢においても、中国は軍事オプションを依然として踏まず、台湾産のパイナップルや柑橘類、ビールなどを一方的に輸入停止にするなど、中台間の具体的な紛争被害は経済・貿易の領域で生じている。

ロシアによるウクライナ侵攻は世界に衝撃を与えているが、その中で“グローバル経済が深化した今日の世界で戦争をするのか”、“かなり時代遅れだ”と思った人も多かったかも知れない。要は、筆者がここで主張したいのは、“米国の力が世界で相対的に低下し、中国やインドなど他国の影響力が増すなか、国家と国家が衝突した場合に先行して悪影響を受けるのは経済アクターだ”ということだ。

それを前提に、2023年の経済安全保障情勢の行方を簡単に展望してみたい。

2023年の経済安全保障、最大の問題は米中関係と台湾情勢

近年、地政学リスクやサプライチェーンなどが企業間で1つのトレンドになっているが、その核心は正に国際政治、安全保障の中にある。その動向を専門的かつ戦略的に見据え、事前の危機管理を徹底することこそが企業にとって何よりのリスク回避となるのだ。

経済安全保障情勢といっても多くのイシューがあるが、最も大きな問題はやはり米中関係の行方だ。しかし、我々は米中が軍事的衝突を回避し、常に対話の選択肢を残している中でも、半導体など重要品目については経済デカップリングが進み、それが後退することはないと認識する必要がある。たとえば、バイデンとトランプは性格や掲げる理念もほぼ真逆に近いが、唯一大きな共通点がある、それが対中国なのだ。今日、米国では中国は将来的に米国を抜く恐れがある競争相手との懸念が支配的で、おそらくバイデン後に何人かの大統領が誕生しても、彼らが中国に歩み寄りの姿勢を示す可能性は国際政治学的にゼロに近い。よって、米国は重要品目についてリショアリング(国内回帰)、またフレンドショアリング(サプライチェーンを開発・強化する際に同盟国や友好国と結束する)を今後さらに進めていく。この方向性は今年も間違いなく続く。一方、中国側もそれを十分に熟知しており、それを見据え、カンボジアやラオス、ミャンマーやロシアなどいわゆる“親中国”とサプライチェーンを強化し、米国に対抗してくるだろう。そして、日米の経済カップリングを切り離すため、中国は日本に対して経済的揺さぶりを掛けてくる可能性がある。

そして、今年はそういった米中の経済デカップリングに拍車が掛かる可能性がある。それを助長する潜在的可能性があるのが台湾情勢だ。習氏は台湾独立を絶対阻止し、そのためには武力行使も辞さない構えだが、仮に中国が台湾を支配下におけば、太平洋で軍事的優位に立つ米国の安全保障を脅かす恐れがあり、米国にとっても台湾は譲れない問題となっている。米中間でも台湾は最優先イシューになっており、この問題で対立が悪化すれば、紛争の主戦場である経済・貿易領域への影響は多大になる。たとえばデカップリングの対象範囲がさらに拡大し、リショアリングやフレンドショアリングがいっそう顕著になり、中国依存が強い日本企業ほど難しい立場に追いやられる恐れがある。以上のような可能性を踏まえ、今年は日本企業にとって難しい1年となろう。

  • TSMCのウェハ

    台湾には世界の先端ロジック半導体の大量生産を一手に引き受けるTSMCの工場が多数設置されている