最近、あばら骨が痛い。その痛みは不定期に突然やってきて、筆者の24本の骨をギュウギュウとまんべんなく締め付けてくる。悶絶するほどの痛みではないが、「取り返しのつかない病だとしたら恐い」と不安なので、一応、病院に診てもらおうとは思っている。しかし医療知識が皆無なので、何の病気の可能性があるのか、何科にかかればいいのかさっぱり分からない。加えて、「病院の長い待ち時間と面倒な手続き」という心理的ハードルに、初動を制限されてしまっている……。

「AI×問診」って……?

そんな怠惰な筆者の救世主になってくれそうなサービスがある。医療ベンチャーのUbieが提供する症状検索エンジン「ユビー」だ。一般の生活者へ提供されているAI(人工知能)技術を活用したアプリケーションサービスで、質問結果を踏まえた症状から、関連する参考病名や適切な相談・受診先を調べることができる。

2020年4月から提供している同サービスは、1100以上の病名に対応しており、かかりつけ医等地域の医療機関や、救急安心センター事業(♯7119)の救急車対応、厚生労働省の電話相談窓口への受診行動なども支援してくれる。2022年11月現在、月間利用者数は700万人を超えた。

  • 症状検索エンジン「ユビー」 出典:Ubie

    症状検索エンジン「ユビー」 出典:Ubie

また同社は、医療機関向けに業務効率化サービスとして「ユビーAI問診」を提供している。2018年8月から提供しており、医療機関の紙の問診票の代わりにタブレットやスマートホンを活用する。患者が診察前の待ち時間にタブレットを使って症状を入力することで、医師の電子カルテに記載を行う事務作業が削減される。診察時間は、患者1人に対して6分強削減されるという。

患者は事前に症状内容を詳しく伝えることができ、医師は「デスクトップPCに体を向けてタイピングしながら患者の話を聞く」ことなく、患者に向き合い診察に集中できる。2022年12月現在、全国47都道府県・1100以上の医療機関が導入している。

  • 医療機関向け業務効率化サービス「ユビーAI問診」 出典:Ubie

    医療機関向け業務効率化サービス「ユビーAI問診」 出典:Ubie

両サービスを提供するUbieは、2022年10月にシリーズCで62億円を調達し、2017年5月の創業からの累計資本調達額は100億円を超えた。Ubieが提供するサービスは「オンライン診療」などの遠隔医療とは異なる。医療者が介入し、病気の診断、治療、予防を目的としたものではなく、受診時時の問診業務を効率化したり、生活者に適切な情報を提供したりするものだ。

医療業界はどのような課題を抱えているのか。そして「AI×問診」サービスの誕生秘話とは。共同代表取締役で医師の阿部吉倫氏、同じく共同代表取締役で元エンジニアの久保恒太氏に話を聞いた。

  • (左):共同代表取締役/医師 阿部吉倫氏、(右):Ubie 共同代表取締役 久保恒太氏

    (左):共同代表取締役/医師 阿部吉倫氏、(右):Ubie 共同代表取締役 久保恒太氏

押し寄せる「医師の2024年問題」

医療現場が抱える課題の1つとして、「医師の過重労働」が挙げられる。厚生労働省の2019年の発表によると、過労水準(年間労働時間960時間)を超えて働く医師は全体の約40%、その倍の水準である年間1920時間以上働く医師は全体の約10%存在する。外科や脳神経外科など救急搬送の対応が多い診療科では、医師の約半数は週60時間を超えて働いているのが現状だ。

  • 医師の長時間労働の実態 出典:厚生労働省

    医師の長時間労働の実態 出典:厚生労働省

過労死ラインの労働環境が招くのは医師の絶対数の不足。日本における医師数は人口1000人あたり2.4人。これは先進国の中でも特に少ない数という。高齢化が進んでいる日本では、医師数に対して患者数が圧倒的に多いため、長時間待ったあげくわずか数分で治療が終わってしまう「3時間待ちの3分治療」が全国各地で散見されている。

さらに2024年4月からは、勤務医にも罰則付き時間外労働時間の規制(月45時間・年360時間の上限)が適用され、「医師の働き方改革」が始まってしまう。

阿部氏は、「過重労働に耐えられなくなってリタイアしてしまう医師は少なくありません。現状のまま時間外労働の規制が始まってしまうと、医療のクオリティは必ず下がります」と、警鐘を鳴らす。

Ubie株式会社
共同代表取締役/医師 阿部吉倫氏
2015年東京大学医学部医学科卒。東京大学医学部付属病院、東京都健康長寿医療センターで初期研修を修了。2017年5月にUbie株式会社を共同創業、医療の働き方改革を実現すべく、全国の医療機関向けにAIを使った問診システムの提供を始める。2019年12月より日本救急医学会救急AI研究活性化特別委員会委員。2020年 Forbes 30 Under 30 Asia Healthcare & Science部門選出。

医師と患者の間にある“情報の非対称性"

医師の過重労働に加えて阿部氏が問題視しているのが、「患者・医療従事者の間にある情報の非対称性」だ。情報の非対称性とはどういうことだろうか。阿部氏はあるエピソードを語ってくれた。

「私が研修医として大学病院で勤務していたとき、夜間の救急外来に腰痛を訴えた48歳の女性が来ました。詳しく話を聞くと『吐き気があって食欲がない。体重が半年で7㎏も減って、2年前から血便もある』とのこと。検査の結果、ステージ4の大腸がんでした。異変を感じた2年前のタイミングで病院に来ていれば……」(阿部氏)

最善の治療を尽くしたが、その女性は亡くなってしまった。ステージ4まで進行している大腸がんの場合、5年生存率は2割を下回るが、恐らく2年前のステージ1の段階で治療を開始した場合、5年生存率は9割まで上がるという。

「医療従事者と患者の間に情報の非対称性があるから、適切なタイミングで医療機関にアクセスすることが難しい。医療の玄関口に最初の一歩をなかなか踏み入れない。治療自体が問題というよりは治療と出会うタイミングのほうがはるかに問題だと思います」(阿部氏)

この出来事が、阿部氏が医師から起業家への道へ転換するきっかけとなった。

Ubieの誕生秘話 「世界に誇れる医療サービスを」

阿部氏の背中を押したのが、久保氏の存在だ。

2人は大阪にある高校で同級生だった。漫画『ドラゴン桜』に影響され放課後一緒に受験勉強する仲で、阿部氏は東大医学部、久保氏は京大工学部に進学。その後、久保氏が東大大学院生に進学したことを機に2人は再会した。

もともと起業したいと考えていた久保氏は、大学院生時代にある研究に没頭していた。それは、病名予測をシミュレーションするソフトウェアの開発だ。当時、医学部生だった阿部氏を巻き込み、ともに研究を進めた。

「Meta(旧Facebook)やGoogleのように世界中の人が使うサービスを生み出したいと考えていました。漫画『エンゼルバンク-ドラゴン桜外伝』の中で、これから日本で成長する産業は、農業、教育、医療の3つであると書いてありました。その中で特に日本の強みが世界に向けて発揮できそうな医療を選びました」と、久保氏は当時を振り返る。

  • 「三田紀房さん(漫画家)に人生を制御されています……笑」(久保氏)

    「三田紀房さん(漫画家)に人生を制御されています……笑」(久保氏)

Ubie株式会社
共同代表取締役 久保恒太氏
東京大学大学院工学系研究科卒。2013年東大在籍時に医師の病名予測をシミュレーションするソフトウェア及びアルゴリズムの研究/開発を開始。エムスリー株式会社で約3年、医師Q&AサービスなどBtoCヘルスケア領域のソフトウェア開発およびWebマーケティングに従事。その後2017年に共同代表 医師の阿部とともにUbieを創業。

久保氏はその後、修士課程を修了し、医療関連の情報サービスを手がけるエムスリーに入社。業務を通じ改めて医療とAIの相性の良さを実感。ずっと交流が続いていた阿部氏に「医師の思考をシミュレーションできないか」と、医療×AIの事業構想を提案。医療業界に課題を感じていた阿部氏はこの提案に賛同し、Ubieを創業する運びとなった。

阿部氏は、「純粋に面白そうだと感じました。AIによる自動問診は情報の非対称性による問題を解消できる、そう直感し共同で事業をスタートしました」と、会社設立の背景を語った。

「最初は起業というものが全く分からず、くーぼ(久保氏の愛称)が持っているビジネス本を読み漁りました(笑)」(阿部氏)

阿部氏が持っている医療に関する深い知識や経験と、久保氏が持っている事業構想と経営に関する知識をかけ合わせて会社を設立したわけだ。

しかし、創業時の自動問診アルゴリズムのクオリティは高いと言えるものではなかったという。

「突拍子もない『AIっぽい質問』ばかり聞くエンジンでした。人間の意思をAIに反映させることに大変苦労しました」(久保氏)

地道な努力を重ねた結果、創業から3年たった2020年には、2019年より提供している医療機関向けの「ユビーAI問診」がある程度のクオリティを持つようになった。そのタイミングで新型コロナウイルス感染症の拡大が重なり、症状検索エンジン「ユビー」を世に放った。

またユビーAI問診は同年、「第3回 日本サービス大賞」において「厚生労働大臣賞」と「審査員特別賞」を受賞。今では月間利用者数は700万人を超え、利用者の9割が「受診してよかった」と回答している。

共同代表のメリットとは?

2022年10月に累計調達金額が100億円を突破したUbie。同社が次に目指すのは、サービスを世界中の人から利用してもらうことだ。

2020年にはシンガポール法人を、2022年にはアメリカ法人を設立した。医療に関する課題は世界共通で、「圧倒的に先進的な日本医療のデータを活用したエンジンを、世界中に届けていきたい」と阿部氏は意気込む。また、製薬企業向け事業として、ユビーを活用した患者・医療機関(医師)への疾患・治療啓発活動支援も強化していく考えだ。

最後にこんな質問を2人にぶつけてみた。

「2人で事業を続けてきてよかったと思うことって何ですか」。

久保氏は、「事業の方向性を決めるときに偏った意思決定にならないところです。初期のスタートアップ企業は目標がなかなか定まらず、すぐ方向性が変わることが多いと言われています。ですが私たちは互いに、すぐ隣にディスカッション相手がいるので、考えが凝り固まることがありません。広い視野を持って意思決定できるのは共同代表の強みだと思います」と分析。

阿部氏は、「グラデーションをもって役割分担ができるところです。戦略上の問題は久保、組織上の問題は私。新規事業を考えるのは久保、事業を成長させるための戦略を考えるのは私、といったようにそれぞれに適している役割が分担できることは、事業を続けていく上でプラスに働いていると思います」と語ってくれた。

阿部氏は続けて、「あと純粋に楽しいです。スタートアップをやっていると、晴れの日ばかりではありません。雨の日も雪の日も、恐ろしい隕石がバーンと降ってくることだってあります。ですが、2人ならそれすらも楽しいです」と笑顔を見せてくれた。

本稿を書き終え安堵していると、例のあばら骨の痛みがまたやってきた。ユビーを使って症状を検索してみると、特に関連のある病気として「胃食道逆流症(GERD)」が表示された。放置すると危険な病気らしい。重い重い腰を上げる時がついにきた。消化器内科に行ってみよう。