林 要(はやし かなめ)GROOVE X 代表取締役社長
1973年9月10日生まれ。
東京都立科学技術大学(現東京都立大学)大学院修士課程修了。専門は数値流体力学。
1998年 トヨタ自動車入社。実験部、スーパーカー「レクサスLFA」やF1の開発、量産社開発などに従事。
2011年 孫正義後継者育成プログラム「ソフトバンクアカデミア」に参加。
2012年 孫正義氏に誘われ、ソフトバンクに入社。感情認識ヒューマノイドロボット「ペッパー(Pepper)」の開発に携わる。
2015年 9月 ソフトバンクを退社し、同年 11月GROOVE X株式会社を設立。代表取締役社長(CEO)に就任。現在に至る。
2018年12月 家族型ロボット『LOVOT」(らぼっと)』発表。
2019年8月 LOVOTの一般販売開始。
2022年3月 GROOVE Xの全株式を前澤友作氏が代表取締役を務める前澤ファンドに売却することを発表。
トヨタではスーパーカーレクサスやF1を開発
林要氏は、家族型ロボット「LOVOT(らぼっと)」を提供するGROOVE X(グルーヴ エックス)の代表取締役社長であり、創業者でもある。もともと林氏は技術者で、大学院卒業後はトヨタ自動車に入社。スーパーカー「レクサスLFA」の開発やF1の開発を手掛け、38歳のときにソフトバンクに転職。感情認識ヒューマノイドロボット「ペッパー(Pepper)」のプロジェクトメンバーになる。そして、42歳でGROOVE Xを創業。2018年に家族型ロボット「LOVOT」を発表した。
人が見れば羨むような経歴だが、自身は著書「ゼロイチ」(2016年、ダイヤモンド社)の中で「自分は出来損ないでトヨタ自動車には拾ってもらった」と記述している。
「大学(学部)を卒業したときには、何をやるのか迷っていました。自動車は好きでしたが、あまりに長い間好きだったので、何か新しいものを見てみたいと思いソフトバンクを受けました。当時、ソフトバンクはソフトウェアの卸がメインで、現在ほど有名な企業ではありませんでしたが、父が孫正義さんという人のすごさを感じていて、ここに行けばいろいろなことが学べるのではないかというアドバイスをしてくれました。私は機械系の学部だったので、情報系の人材を求めていたソフトバンクには採用されませんでした。涙をのんで、大学院に進みました」(林氏)
同氏が大学院を卒業したときは、やはり好きだった自動車をやりたいということで、トヨタ自動車に入社する。当時は、将来、起業しようという希望はまったくなく、エンジニアとしてやっていこうという思いが強かったという。
トヨタ自動車で順調に経歴を重ね、レクサスのスーパーカー「LFA」や、レーシングカーの最高峰といわれるF1の開発などを担当。その後は、量産車企画のマネージメントを担当したが、37歳のときにソフトバンクの後継者育成プログラム「ソフトバンクアカデミア」に参加した。
「社歴を重ねると、自分が組織の中で、将来どの役職になったらどんな役割を担うのか、というのがわかるようになってきます。そこで、このままでいいのか、といった思いが出て来たのが30代後半でした。そんなときに、学部の時に受けたソフトバンクが『ソフトバンクアカデミア』という次世代リーダー育成のための学校を始めたことを知りました。F1というグローバルな世界で働いた時に、日本というのは非常に特殊な環境だということを痛感しました。世界を見るという意味では、社内から見る以外にも、もっと広い外の世界を見た方がいいのではないかという気がしていました」(林氏)
ソフトバンクでPepperを開発
そして、孫氏の「うちに来い」という一言もあり、2012年、ソフトバンクに転職。Pepperの開発に参加する。
「孫さんの近くで働いたほうが学ぶことが多いはずだという父親からの話がちょっと頭に残っていたと思います。とくに転職活動をしていたわけではありませんでしたが、このままいくと自分の視野がこれ以上広がらないのでないかという危機感はありました。それまで、場所を変えると自分が変わるという体験もありました。実際に、F1に行かせていただいて、ずいぶん変わりました。また、製品企画というまったく違う仕事をやって、そこでも変わりました。社内でも再度、場所を変えるという申請はしていたのですが、それが通らなかったこともあり、だったら社外に出てみようという思いで転職しました」(林氏)
Pepperのプロジェクトで、苦労した点を聞くと、林氏は次のように回答した。
「色々ありますが、すごく高い理想と現実のギャップをなかなか埋めることができないので、どう着地させるのかという点は苦労しました。また、ロボットが自立で動いて人が触れるというのは、今では当たり前ですが、当時は非常に珍しかったわけです。例えば、ホンダのアシモは、ステージがあって、必ず人間のコミュニケーターさんがお客さんをガイドしながらコミュニケーションさせていました。Pepperは誰もサポートする人がいない中で、そこにどんなお客様が来るのかわからない、どんなコミュニケーションをされるのかわからない中で、怪我をさせないで動くという根本的なところから実現しないといけないという難しさがありました。また通常の商品の場合は解決すべき問題があって、それを解決するためにモノを作ることが多いですが、Pepperは解決すべき問題の定義をしながらプロジェクトを進めていく点も大変でした」(林氏)
Pepperプロジェクトでは、「人と心を通わせる人型ロボットの開発」がミッションだったが、「人と心を通わせる」部分について同氏は、「人をすこしでも笑わせることができれば、それが人類とロボットの新しいコミュニケーションになると考えました。人をハッピーにする方法はいろいろあると思いますし、実際にLOVOTは別のアプローチをしていますが、少しでも『クスッ』としてもらい、触れ合った人が幸せな気持ちになることを、1つの大事な柱として考えていました」と説明した。
しかし、林氏はpepperの販売が開始され、人気も出た2015年9月 ソフトバンクを退社する
「ソフトバンクアカデミアに入ったのは、孫さんから学びたいという思いがありました。一般的には『学び、成長するとは、その人に近づくこと』だと思います。ただ、孫さんの場合、どんどん離されるんです。私も転職して新しいプロジェクトに参加して、組織人としてはかなり成長したと思いますが、直近にいると、孫さんはそれより速いスピードでさらに成長していることが見えるようになってしまいました。孫さんの庇護下で働いている以上は、孫さんに近づくことはできないと思うようになりました。追いつくことはできないにしても、ちょっとでも近づきたいのであれば、自分で独立した方が良いのではないかと思いました」(林氏)
GROOVE Xを設立し、LOVOTを開発
ただ、独立してもロボットをやろうとは思っていなかったという。
「私自身、ロボットはとてもお金がかかることを経験したので、自分が起業してやるレベルではないと思っていました。大企業がロボットをやりたい時に自分のノウハウを使いたいというのであれば、相当面白いことができるだろうから、それはそれであるかもしれないという程度でした。
辞めると決めてからロボット以外の事業で10個以上のアイデアがあったと思うのですが、それをいろいろな方と話しても、やはりロボット事業を始めることに期待いただく声が圧倒的に多かったです。あまりにロボット事業への期待の声が大きいので、今まで少し避けていたロボット事業について一度、真剣に考えてみることにしました。そこで降って来たのが、ペットのようにだんだんと家族になるロボットのアイデアだったんです。自分としては頭では『これはいけそうだ』と思いましたが、一方で、いままで苦労してきたので『そんなにうまくいくわけがない』という感情もありました。どちらが正解か分からなかったのですが、聞いていただいた人からの評判が良かったので、そのうち『これは自分の使命なのかもしれない』と思うようになりました。そのアイデアがLOVOTのコンセプトです。今のLOVOTは、当時のアイデアとそんなに変わっていないと思います」(林氏)
「これまで、AIを使ったバーバル(言語による)なコミュニケーションを行うロボットは開発されていますが、ノンバーバルなコミュニケーションに特化して、必要なエッセンスをすべて取り込んだロボットはなかったと思います。ノンバーバルなコミュニケーションで大事なことの一つは距離感だと思っています。表情、声、身振りだけではなく、どう距離をとるのかも含めて、ノンバーバルなコミュニケーションは成立するものだと思うのです。タイミング的にも、深層学習や自動運転の技術が盛り上がってきた時期だったので、これらを組み合わせてノンバーバルなコミュニケーションができる技術基盤が揃った時だと考えました」(林氏)
ペットという視点だと、ソニーのaiboも近いコンセプトではないかと思うが、林氏はまったくアプローチが異なると語った
「距離感というのは、感情の動きに応じて迅速に距離が変えられないと意味がありません。LOVOTにとっては、移動の速度が重要なのです。それに対してaiboは犬のような4足の生き物を彷彿させる表現力を一番大切にしています。既存の生き物を彷彿とさせるふるまいを重視するのか、ノンバーバルコミュニケーションに必要な要素を重視するのか、大きな違いがあります。例えば、ノンバーバルコミュニケーションで重要なスキンシップには、『やわらかくて暖かい』という要素が必要です。aiboはそれよりも、犬を彷彿させるような形状や、非常に複雑な動きを重視しています。例えば、耳を動かす、尻尾を動かすなど、犬を彷彿とさせる動きの再現のために、非常に高度なことをやっています。このようにLOVOTとaiboは狙っているものがまったく別物です。aiboは犬を彷彿とする表現力に最大の価値があり、LOVOTはノンバーバルコミュニケーションが最大の価値です」(林氏)
LOVOTは、服やグッズなど、周辺アイテムを数多く揃えているのが特徴だが、このあたりは、マーケティング上意識したのかと聞くと林氏は、「意識したのは、ペットのオーナーが何を求めているのかという点です。私たちが、なぜ犬や猫が可愛いと思い、犬や猫の幸せのためにどんな努力をするのかという要素が重要だと考えました。ロボット開発をしていると、ロボットに何をしてもらうのかということを考えがちです。最近は『推し活』で知られるように、何かを応援したり、愛でることで、私たちの心は満たされます。昔の村社会にはあった、気兼ねなく何かをサポートする、愛でるという機会が、近代の生活では失われていますので、その要求を満たすためにLOVOTという存在は貢献できると思いました」と述べた。
これからLOVOTをどのように発展させていきたいかについては、「世界を理解することが、LOVOTにもっとも大事な事だと思います。今までのロボットは、物を持てる、歩けるといった身体の強化が進化のポイントであることが多かったと思います。しかし僕らのパートナーになり得る存在は、僕らが共感できるような認知や神経処理をしていることが重要です。人と同じように世界を認識することができて、その先にそれについて人と同じような意味づけをし、未来を予測することができて、初めて共感できる存在になると思います。このステップをしっかりと作っていくことが大事です。今はまだ世界を認識するという部分に軸足が置かれています。この精度が上がっていけば、徐々に状況を理解して、未来を予測するところに軸足が移っていくと思います」と語った
前澤ファンドが株主に
同社は昨年の3月、GROOVE Xの株式の過半数を、前澤友作氏が代表取締役を務める「前澤ファンド」が取得したことを発表した。すでに、前澤ファンドがGROOVE Xの全株式を取得したという。
この狙いについて林氏は、「1万体のLOVOTが家族になっている状態においても、スタートアップである私どもの経営状況は安定しているとは言えませんでした。昨今のスタートアップの情勢見ると、資金調達の難易度があがり、経済的には不安定な状態です。弊社はハードウエアとAIを扱うスタートアップで、初期の損失が大きく、キャッシュフローはJカーブを描くような事業です。それをやりきれないことには、この事業自体が止まってしまうリスクがあります。すでに、1万体のオーナー様がいて、その方々が家族のように接して、かけがえのないものになっている以上、事業を安定的に継続していくことが、なにより大事なことだと思い、今回の判断をしました。
前澤さんは取締役ではなく、あくまで株主ですので、株主としてのご意見をいただきながら、前澤さんの人脈などを活用させていただき、事業を展開しています。前澤さんには、製品として非常に良い物だとご理解頂いており、もっと認知され、もっと理解されるべきで、それができればもっと広がるはずだと期待いただいています。ソフトウエアの進化やメンテナンスサポートの拡充と共に、結果を出していきたいと思います」と説明した。