産業技術総合研究所(産総研)は12月9日、セシウム(Cs)原子泉時計とイッテルビウム(Yb)光格子時計の2台の高精度な原子時計を用いて、「超軽量ダークマター」(ULDM)の探索を行い、今回の精度ではその証拠となる「基礎物理定数の変動」を確認できなかったものの、探索領域を拡大することに成功したと発表した。
同成果は、産総研 物理計測標準研究部門の小林拓実主任研究員、同・高見澤昭文主任研究員を中心に、横浜国立大学の研究者も参加した共同研究チームによるもの。詳細は、米国物理学会が刊行する機関学術誌「Physical Review Letters」に掲載された。
現在、秒はCs原子と共鳴するマイクロ波周波数(約9.2GHz)で定義されており、Cs原子泉時計によって16桁の精度で実現されている。また光格子時計は、マイクロ波よりも周波数の高い光(約500THz)が用いられており、時間の精度をさらに1~2桁向上できるため、秒の再定義の有力候補とされている。
原子時計の正確さを保証する基礎物理定数は一定不変であるとされているが、原子時計の精度がここまで上がってくると、基礎物理定数の変化を検知できる可能性が出てくると考えられている(仮に変化があったとしても極めて小さいため、日常生活に不都合が生じるような心配はない)。なおこの基礎物理定数の変化については、ダークマターによって引き起こされるとする理論研究がある。原子時計なら、この基礎物理定数の周期的な変動を高感度で検出できる性能があるため、ダークマターの検出において近年注目を集めている。
そこで研究チームは今回、粒子よりも波の性質が顕著に現れるとされるULDMに着目することにしたとする。そして、もしULDMが通常の物質と相互作用すると、微細構造定数や電子質量などの基礎物理定数が周期的に変動する可能性があるという。
この理論に基づき、これまで2台の光格子時計の周波数比から微細構造定数の周期的な変動の探索が行われた先行研究がある。しかし、Cs原子泉時計と光格子時計を組み合わせた探索はなかったという。この組み合わせは、光格子時計のみを用いた探索ではわからない電子質量の周期的な変動に感度があるとする。
ただし、Cs原子泉時計は光格子時計に比べてノイズが大きいため、この組み合わせを活かすには、両方を長期間(例として10日以上)高い稼働率で同時に運転することが重要になる。ところが、光格子時計は大変複雑な装置であるため、長期運転が困難だった。
産総研は、日本の国家計量標準機関であり、国際原子時の校正にも参加している。また、Cs原子泉時計や光格子時計の開発も行っており、中でもYb光格子時計の高稼働率運転の実績は世界トップで、Cs原子泉時計に匹敵する連続運転が可能だという。これにより産総研は、両原子時計を同時に高い稼働率で比較できることから、今回、ダークマターの探索に応用することにしたとする。