米国航空宇宙局(NASA)の新型宇宙船「オリオン(オライオン)」が2022年12月12日、月への無人試験飛行ミッション「アルテミスI」を終え、地球への帰還に成功した。
アポロ計画以来、半世紀ぶりの有人月探査の実現、そして将来の有人火星探査に向けた足がかりになることを目指す「アルテミス」計画は、この成功で大きな一歩を踏み出した。
アルテミスIの帰還
「アルテミス(Artemis)」計画は米国を中心に、欧州や日本、カナダが共同で進めている国際有人月探査計画である。
「アルテミスI (Artemis I)」はその最初のミッションとして、新開発の巨大月ロケット「スペース・ローンチ・システム(SLS)」と有人宇宙船「オリオン(Orion)」を無人で打ち上げ、性能や能力の試験や検証を行うことを目的としている。
オリオンを搭載したSLSは、日本時間11月16日15時47分44秒(米東部標準時同日1時47分44秒)、フロリダ州にあるNASAケネディ宇宙センターから打ち上げられた。
月へ向かう軌道に乗ったオリオンは、各種試験や軌道修正を行いつつ徐々に月へ接近。そして26日には月を回る「DRO(Distant Retrograde Orbit)」、直訳で「遠方逆行軌道」と呼ばれる軌道に入った。
DROはその名のとおり、月の表面から高い高度にあると同時に、月が地球のまわりを移動する方向とは反対に周回するという特徴をもっている。この軌道は、地球と月の相互作用によって重力的に安定しているため、軌道維持に必要なスラスター噴射が最小限で済むという利点があることから、オリオンを試験するための軌道として選ばれた。
DROを周回中、オリオンは有人宇宙船としてはこれまでで最も遠い、地球から約43万km離れた場所に到達し、新記録も樹立した。
12月2日には、月での試験を終えDROを離脱。6日にはオリオンに搭載されている軌道変更用のスラスター(OMS)の噴射と月の重力を利用して軌道を変える「リターン・パワード・フライバイ」を行い、地球へ向かう軌道に乗り移った。
そして12日2時ごろ、宇宙飛行士が乗り込むことになる「クルー・モジュール」と、太陽電池やスラスターなどが収められた「サービス・モジュール」とが分離。2時20分ごろにはクルー・モジュールが地球の大気圏に再突入した。
このとき、クルー・モジュールは「スキップ再突入(skip entry)」と呼ばれる再突入方法をとった。これは、いったん大気圏に再突入したあと、宇宙空間に戻り、ふたたび再突入するという、文字どおり大気圏でスキップするように飛行して再突入する技術で、これにより機体のスピードや、機体にかかる熱と力、中に乗る宇宙飛行士にかかる加速度(G)をやわらげるとともに、着陸予定地点に向けて機体をより正確に制御することも可能になる。
それでも、再突入時のクルー・モジュールは時速4万kmという猛スピードで、耐熱シールドの温度は最大2800℃、じつに太陽表面の半分の温度にまで達した。地球上にこれほど過酷な環境を作り出せる試験設備はなく、ぶっつけ本番の実地試験だったが、クルー・モジュールは無事に乗り切った。
やがて、完全に大気圏内に入ったクルー・モジュールは、パラシュートを開き、減速しつつ降下。そして2時40分に、バハ・カリフォルニアの西、グアダルーペ島近くの太平洋に着水した。打ち上げから着水までのミッション時間は25日と11時間36分だった。
その後、クルー・モジュールは米海軍の揚陸艦「USSポートランド」によって回収された。
今後、クルー・モジュールは陸に引き上げられたのち、フロリダ州のNASAケネディ宇宙センターへ輸送され、クルー・モジュール内に積まれていた実験機器などを下ろし、そしてカプセル部分や耐熱シールドの調査や分析などが行われることになっている。
NASAのビル・ネルソン長官は「世界で最も強力なロケットの打ち上げ、そして月を回って地球に帰還する壮大な旅――。これらの飛行試験は、月探査におけるアルテミスの時代の幕開けとなる大きな一歩です」と、成功を称えた。
「この成功は、素晴らしいチームの努力なしには不可能でした。何年にもわたり、何千人もの人々が個のミッションに力を注いできたのです。このミッションは、世界が協力すればまだ見ぬ宇宙の海岸線に到達できるということを示しています。この成功はNASA、米国、国際パートナー、そして全人類にとって大きな勝利となりました」。
また、NASAの探査システム開発ミッションを担当するジム・フリー(Jim Free)氏は「オリオンが無事に地球に帰還したことで、次の月へ向けた有人飛行ミッションが、そして宇宙探査の新たな時代が、いよいよ水平線上に見えてきました」と語る。
アルテミスIのミッション・マネージャーを務めるマイク・サラフィン(Mike Sarafin)氏は「オリオンは月から地球に無事に帰ってくることができました。これにより、オリオンが深宇宙環境で想定どおり運用できること、そして月から猛スピードで地球の大気圏に再突入するという極端な条件に耐えられることを実証したのです」と語った。
アルテミスIが無事に成功したことで、計画の焦点は次のミッション「アルテミスII」へ移る。アルテミスIIは、SLSとオリオンにとって初めて宇宙飛行士を乗せた試験飛行で、地球と月を問題なく往復飛行できるかどうかを実証する。
そしてアルテミスIIも無事に成功すれば、2025年には有人月探査ミッション「アルテミスIII」を実施。成功すれば、人類は1972年の「アポロ17」以来、約半世紀ぶりに月へ舞い戻ることになる。
アルテミスIIIのあとも有人月探査は続く予定で、月の資源利用や月と地球間を結ぶ高速の光通信の確立、また民間による月を舞台にしたビジネスの振興、月面基地の建設も構想されている。
さらに、アルテミス計画を通じて得た技術やノウハウを活かして、2030年代には有人火星探査に挑む構想もある。アルテミスIの成功は、そんな壮大な冒険への第一歩を記したことになる。
参考文献
・Splashdown! NASA’s Orion Returns to Earth After Historic Moon Mission | NASA
・Artemis
・NASA Artemis I Press Kit
・NASA: Artemis I