ispaceは12月11日16時38分(日本時間)、米国フロリダ州より同社初となる打ち上げを実施。Falcon 9ロケットに搭載された「HAKUTO-R」ミッション1ランダーは、打ち上げの約47分後、正常に分離、所定の軌道に投入された。ランダーの状態は正常。順調に飛行すれば、今後、2023年4月末には、民間初となる月面着陸に挑む予定だ。
通信・姿勢・電力・展開はすべて正常
同社のミッション1ランダーは当初、11月28日の打ち上げを予定していたが、ロケット側の問題により、延期されていた。仕切り直しとなったこの日の打ち上げは、順調にカウントダウンが進行。エンジンに点火すると、ロケットは暗闇の中、飛翔を開始した。
SpaceXによる中継映像では、分離後のランダーが着陸脚を展開する様子まで見ることができた。ispaceの氏家亮CTOは、「もしかしたら見えるかな」と思いながら見守っていたそうで、この結果に「綺麗に見えた」と喜んだ。少なくとも、この時点でランダーが動作していることが確認できたわけで、安堵もあっただろう。
月面着陸を成功させるためには、着陸脚の展開は不可欠だ。展開機構は宇宙機でトラブルが発生しやすい場所の1つ。ispaceのランダーは、その後、テレメトリでも着陸脚の展開が確認できているそうで、まずは順調な出だしを切ることができたと言えるだろう。
これで、同社が設定した10個のマイルストーンのうち、2つまでをクリアしたことになる。現地で打ち上げを見守った同社の袴田武史・代表取締役CEOは、「ランダーという複雑なシステムを、我々のようなスタートアップが作り上げたのは大きな達成。しっかり設計できたことが宇宙で示されつつあり、努力が報われた」と喜んだ。
月面着陸は4月末になる予定で、そこまでは4カ月半の長旅。まだまだ達成すべきマイルストーンが残っているが、まずは4つめである軌道制御マヌーバに注目したい。これは打ち上げの1~2日後にすぐ実施する必要があり、急ぎつつも慎重な運用が求められる。そこまでは24時間体制で運用し、その後は1日数時間程度の運用となる予定だ。
今回のミッション1では、ドバイの月面ローバー「Rashid」など、7つのペイロードを搭載。さらに、2024年にはミッション2、2025年にはミッション3と、月面輸送サービスを継続していく計画で、袴田CEOは「今回のミッションで学んだことを、今後のミッションにフィードバックしていきたい」と、先を見据える。
ちょうどispaceの打ち上げから10時間後には、米国の有人宇宙船「Orion」が、月から地球に帰還した。まるでバトンタッチしたかのようなタイミングでの旅立ちは、これから月面が「日常」になっていく、新たな時代を予感させるものだった。
世界初の民間月面着陸は誰になる?
ロケット側の事情による延期はあったものの、ispaceの打ち上げが無事完了したことで、気になるのは民間初・日本初の月面着陸ができるのか、ということだろう。月面着陸は技術的に決して簡単ではなく、実行しても成功するとは限らないのだが、それは一旦横に置いて、タイミングだけで考えてみよう。
「日本初」については、競合する可能性があるのは宇宙航空研究開発機構(JAXA)の小型月着陸実証機「SLIM」のみ。ただ、H3ロケット初号機の後に回されたため、打ち上げは2023年度に延期。燃料を節約できる低エネルギー軌道を採用していて、到着まで日数がかかるということもあり、間違いなくispaceが先行するだろう。
SLIMの軌道はこちらを参照。一度、月スイングバイをしてから、遠くまで行くことが分かる
一方「民間初」については、競合は米国のAstroboticになる。同社のランダー「Peregrine」は、2023年第1四半期に打ち上げを予定。ただ、ランダーもロケットも初物ということもあって、計画はこれまで何度も延期されてきており、本当にこのスケジュールで打ち上げが実行できるのかは不透明さがある。
Peregrineもispace同様、月に直行するわけではないものの、ispaceのような低エネルギー軌道ではなく、長楕円の地球周回軌道から月周回軌道に投入するようなので、月に到着するまでの飛行期間はおそらくispaceよりも短い。本当に3月末までに打ち上げられれば、ispaceを追い越して先に到着できる可能性はある。
また、着陸地点の違いが影響する可能性もある。Astroboticは北緯44°、東経25°のLacus Mortis(死の湖)、ispaceは北緯47.5°、東経44.4°のMare Frigoris(氷の海)が着陸地点だ。ミッションのためにはその場所が朝になるタイミングで着陸するのが望ましく、場合によっては、その都合で前後するかもしれない。
ただ、袴田氏は「機会があるようなら民間初を目指したい」とするものの、「1番になることが我々のゴールでは無い」と言い切る。
「次の産業を拓くためのリーダーシップを発揮すべきで、そのためには1番である必要はなく、最初のグループに入っていることが重要」と指摘。「この産業も1社だけで成り立つものではない。複数社が競いながら、より良いサービス、より大きな産業を作っていく。それを一緒にリードできれば」と、Astroboticにもエールを送った。
ispaceが「1番」にこだわっていないのは、ランダーの名前からも分かる。今回打ち上げたのは同社の初号機であるにも関わらず、特に愛称は無い。機種としては「シリーズ1ランダー」、順番としては「ミッション1ランダー」という素っ気ない名前があるだけだ。初号機は通過点に過ぎず、今後も淡々とミッションを進める、ということだろう。
これが米ソ冷戦時代であれば、ミッション内容など無視して、国威発揚のために夕方だろうが何だろうがとにかく相手より先に着陸させる、というのもあるだろうが、両社はともに民間企業である。顧客のペイロードが最優先だし、両社とも継続的なビジネスとして考えているので、一番乗りだけのために無理はしないだろう。
世間は「世界初」に注目しがちだし、それはそれで良いと思うのだが、重要なのは、民間がビジネスとして月面開発を継続し、新しい産業として成長させること。その最前線に日本の1社がいるというのは、日本にとって非常に大きな意味があるだろう。