宇宙航空研究開発機構(JAXA)は、宇宙生活を模擬する地上の閉鎖環境施設で行った精神ストレスの研究で、実験データの捏造(ねつぞう)や改ざんなどの問題が多数あったと発表した。学術論文などとして発表しなかったが、計画段階からずさんで「適切に遂行されず信頼性を損なった」とする報告書をまとめた。研究者2人や実施責任者の古川聡飛行士を含む関係者を処分するという。

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    実験が行われた「閉鎖環境適応訓練設備」=茨城県つくば市(JAXA提供)

問題があったのは、JAXA筑波宇宙センター(茨城県つくば市)にある閉鎖環境施設で2016~17年に5回行った実験。将来の火星探査など数年に及ぶ有人飛行を念頭に各回、成人8人が2週間滞在し、精神や心理状態の指標を作るなどの目的で実施した。生理データの測定に加え、心理面談の専門家であるJAXAの研究者3人が面談し、診断する計画だった。

ところが調査の結果、(1)面談した研究者が2人だったのに3人のように記録を書き換え、診断結果を捏造した事例が5つあった。(2)研究者2人が面談結果を書き換えた改ざんが15件あった。(3)面談の評価をめぐりチーム内に合議と多数決の考えがあり、客観的な指標や科学的合理性が精査されず、最後まで認識が統一されなかった。(4)計算ミス多数、データの鉛筆書き、評価者名や日付の不記載、研究ノートがほとんど作られなかった――などの問題が判明した。

また、外部委員会の評価を受けたと計画書に虚偽の記載をしたり、研究機関の長の許可を受けずに研究したりした例があった、実験協力者から一部のインフォームドコンセント(十分な事前説明と自由意志による同意)を得なかった、規定された進捗状況の管理がなかった――ことも分かった。

5回目の実験で血液試料の取り違いが判明し、2019年11月に研究の中止を決定。実験済みのデータでまとめた結果を20年9月、JAXA内の評価会で示した。ここで倫理審査委員を務める外部の識者などから多くの疑念が上がり問題が発覚し、調査に踏み切った。

報告書を文部科学省と厚生労働省の「人を対象とする医学系研究に関する倫理指針」(2014年制定、研究当時の旧指針)に基づいてまとめ今月25日、永岡桂子文科相と加藤勝信厚労相あてに提出した。

報告書は主な原因として(1)医学研究の経験や知見を持つ人材や指導者、倫理意識の醸成が不足していた。(2)評価法の合理性確保や進捗の確認などで、管理の不備があった。(3)組織として医学研究の認識が甘く経験不足で、倫理審査委員会などに指摘されるまで改善を図らなかった――ことを挙げた。

再発防止策として、データや同意書を独立して管理する責任者を置き、管理状況を定期点検することや、若手研究者や医学研究経験者の採用、大学への派遣、規程の改正などを行うとした。

問題となった研究者の一人は総括責任者で、宇宙飛行士・運用管制ユニット長、もう一人は研究代表者で、同ユニット宇宙医学生物学研究グループ主任医長(いずれも当時)。動機について、JAXAの佐々木宏理事は25日の会見で「2人はヒアリングで『研究をしっかり進めたい気持ちだった』と話したが、判断がつかない面がある」とし、不可解さが残ることを認めた。多忙だったと主張し、期待される内容のデータになるように手を入れたのではなかったという。

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    古川聡飛行士(JAXA提供)

研究実施責任者の古川飛行士は当時の同ユニット宇宙医学生物学研究グループ長で、医師でもある。問題に直接関与しなかったが、指導が不十分だった管理責任が問われる。JAXAは古川飛行士を含む関係者全員を処分する。古川飛行士は来年、国際宇宙ステーション(ISS)長期滞在を計画しているが「研究の責任者と飛行士とでは、求められる資質が異なる」(佐々木理事)とし、変更は考えていないという。

研究費は文科省科学研究費補助金(科研費)とJAXA予算を合わせ、約1億9000万円。佐々木理事はこの研究は成果として発表しておらず、特定不正行為には当たらないとした。その上で「研究計画が稚拙で、十分な科学的合理性がなかった。JAXAに医学研究の難しさの知見がなく、研究チームの人数が少なく体制を整えず、無理になってしまった。実験データが個人情報のためアクセスできる人を限ってしまい、周りが十分にチェックできなかった。国民の負託に応えられず、実験協力者の善意も裏切り深くお詫びする。一丸となって再発防止に取り組む」とした。

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